乗り換えの駅で手を振り、一人ホームに降り立った。
反対車線の人ごみを尻目に、出来るだけ人気のない端に移動する。
乗り込んだ車両に人一人居ないことに気が付いて、それから酷く後悔した。
急に一人になると、一気に寂しさが込み上げてくる。
あぁ、結局。
静かで快適な電車は次の駅で降りて、反対車線の人ごみに揉まれながら今来た道を引き返した。
いつだって満足は出来ないんだ、足りない、会いたい。
玄関のドアを開けたら、まずはおかえりって抱きしめてね。
会いたいの衝動
急に寛ん家に泊まることになったからコンビニに寄って、歯磨き粉は買ったのになぜか歯ブラシを忘れた。
もう一度買いに行けば済む話だけれど、外は暗いし寒いし何よりもコンビニに戻るのがめんどくさい。
結局寛の歯ブラシを拝借して、使ったよって一応の報告をしたら、「あぁ」ってそれだけ言って少し笑ったのにキュンとした。
「いいのか?」
「・・・何が?」
「歯ブラシとか、口に入れるものだし・・・気持ち悪くねー?」
「あー、後で消毒しないとだな。」
「え、・・・消毒。」
「くっく・・・、冗談だろ。」
「だ、よな・・・。」
「・・・なぁ、凛。」
「ん?・・・っん、・・・っ・・・。」
それならこれも、同じことだと思うけど。
多分そう言う意味で、寛が舌を絡めて来た。
ストン、ストン、小気味のいい音が心臓のあたりで立て続けに鳴り響く。
あー、やべぇ、俺こいつん事すげぇ好きだわ。
つーか心臓痛ぇ、矢刺さったから?
「んぁ、なんか鉄くさい・・・。」
「・・・あ。」
「う、ぉっ、鼻血っ!」
「ふっ、ふふっ・・・、はい。」
「ありがと、・・・お、鼻セレブ!柔い・・・。」
「くくっ、どんだけ興奮するんだよ。」
「どうって、・・・鼻血出るくらいだろ。」
「くっくっく・・・。」
「つーか、これ恥ずかしいよ、ひとりで鼻にティッシュ突っ込んで・・・寛もやれ。」
「え、なんでだ・・・。」
「いいからやれよお。」
「あ、そういえば・・・鼻にティッシュを詰める止血ってあまりよくないって聞いた気がする。」
「本当かよ、自分がやりたくないから適当言ってるだけだろ?」
「違うって。」
「じゃあどうやんの?」
「こうやって・・・、小鼻つまむだけ。」
「んっ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っぷあぁ、苦しいっ!」
「あははははっ、口で息しろ。」
「・・・はーい、・・・それと、自分で出来るよ、さんきゅ。」
しばらく体育座りしながら左手で鼻をつまんでたら、窓ガラスに映った自分の姿がなんだかアホすぎて笑えた。
ボーっとガラスに映った自分の姿見て笑ってるとか、それこそヤベーよ、マジで。
でもだって、つまんねーんだもんよ。
俺がひとりでそんなことをしてる間に、寛はいつの間にか立ち上がって、
こっちに背を向けながら大して汚れてもいない部屋の整頓を始めてる。
さみしいよ、かまってよ、って意味を込めて、下から寛の小指と薬指をちょいちょいって引っ張ってみたら、
あぁ、ごめん、みたいなことをゴニョゴニョ言って寛が隣に座った。
「なぁー、なんか観てもいい?」
「うん。」
「最近新しいDVD買った?」
「うーん・・・、人間兵器っていうやつ。」
「何それ、どーゆうの?」
「人間を改造して、武器にするみたいな・・・。」
「うげぇー、何それエグい。」
「うん、まぁ・・・正直凛が観れそうなのでまだ観てないのはないかもしれない。」
「ならぁ、アレもっかい観る・・・なんだっけ、刑務所のやつ。」
「あぁ・・・。」
刑務所とか監獄とか、そんなんが出てくる映画のDVDなんて寛はいっぱい持ってたはずだけど、
それでもあの少ないヒントでなにか思い当たるものがあったらしく、
あっさりと手を離して几帳面にDVDが並べられた棚の方へ行ってしまった。
なんだか悔しいけれどそれはまぁさておき、鼻血も止まったことだし俺は俺でうがいでもしよう。
・・・ぴゃーっ、水冷てぇ。
うがいをさっさと済ませてリビングに戻ると、寛がDVDパッケージの裏面を読んでた。
コレ?って振り返りながら聞いてくる寛に首を縦に降ると、満足げな顔してDVDをセットし始めたから、
後ろからそっと近づいて覆い被さるみたいに抱きついてみる。
ついでに服の中に冷たい手を突っ込んだら、ビクビクッてなった。
なんだその反応、可愛いなオイッ。
「凛、冷たい。」
「へへっ、びっくりした?」
「心臓止まるかと思った、やめて。」
「だって手冷たい、痛い。」
「・・・。」
「だからあっためて?・・・ふふっ。」
「・・・まったく、しょーがない、なっ!」
「うおっ!」
形勢逆転、引きずり落とされるようにして天井と床が逆転したと思ったら、
テレビデッキとテーブルの間の狭いスペースに押し倒されて身動きがとれなくなっていた。
そのまま何をするつもりかと思ったら、服を捲くられてちゅうちゅう吸いつかれる。
床に近い場所って、ヤケに風通りがいい気がするよな。
逆に寒いよこれ、ちゃんとあっためてぇー。
「ふっ、ふふっ、ちょ、なに、・・・も、やーん!ひろしさんのえっちぃぃぃっ!」
くすぐったくてバタバタ暴れてたら、寛が顔を上げてニヤリと笑った。
あーこれ、なんか変なスイッチ入った?
慌てて逃げようとしたら急に手首をグッと掴まれて、片方の手だけを自分のズボンの中に入れられる。
あまりの冷たさに体が硬直した。
「ひっ・・・、・・・・・や、・・・つっめたぁっ・・・ひろしっ。」
その時、開けっ放しになっていたDVDプレーヤーがウィーンって音を立てて閉まった。
真っ黒になっていた画面に注意事項と映画の予告が流れ始める。
一瞬の沈黙。
そのあと、ふたりで何してんだろうなって笑い合って、
寛の寒いなって一言で、一目散に布団に飛び込んだ。
「そういえばさぁ、この前寛に教えてもらった映画観た。」
「どうだった?」
「うん、面白かった・・・で、DVD買っちゃった。」
「くくっ。」
「今度ふたりで映画館に行って映画観ようぜ?」
「うん。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「ぷっ、・・・ははっ、・・・俺、このじぃちゃん好き。」
「うん。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・っえ、この人死んじゃうんだっけ、最悪。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・そういえば明日何時?」
「何時でも。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・なぁ、喉渇いた。」
「やだ。」
「取ってきて。」
「やだ。」
「えー・・・。」
「やだ、寒い。」
「じゃあこの布団はもらって行きますぜ、ぐへへっ。」
「だめっ。」
結局二人して布団にくるまりながら冷蔵庫に向かって、俺が寛の背中にひっついてる間に全部終わってた。
ぬくぬくしてあったかい。
途中寛がなんか言ってたけど布団の中にいるからボヤボヤして聞こえなくて、
背中に耳を当ててみると、くすぐったい、溢れるって言ってるのが分かって思わず吹き出した。
なんかこういうくだらない事して笑ってられるのって幸せ。
「なんかねむい・・・。」
「・・・ビデオは?・・・もう観ない?」
「うん。」
布団に戻っても、寛の背中にひっついてウダウダやってたらすぐに眠たくなった。
寛は俺がわがまま言っても、ハイハイって布団を直して寝る準備を整えてくれる。
もういい、ほかのこと全部どうでもいいからずっとそばに居てくれ。
「そういえばさぁー、さっきからさぁー、気になってたんだけどさぁー・・・。」
「うん?」
「なんで玄関のとこ、荷物まとめてあんの?」
「え・・・、言わなかったっけ?」
「何が?」
「いや、合宿あるから家空けるって。」
「・・・。」
「・・・。」
「はぁ!?何それいつ!?期間は!?」
「・・・明後日から5日間。」
「・・・はぁ?なんで?ヤダ・・・。」
「ヤダって・・・・。」
「やだ、行かないで。」
「もう参加する事に決まってるし、明後日からだし・・・。」
「1週間も会えないんだぞ?」
「だな。」
「ねぇ、やだ・・・だったら俺も行く。」
「いや、無理・・・だろ。」
「わかってるっ!わかってるよ。」
「・・・。」
「・・・もう最悪、なんで言ってくれなかったの?」
「ごめん、完全に言った気で居た。」
「・・・。」
「ごめん、怒んなって・・・1週間なんてすぐだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・凛?」
「すぐじゃない。」
「え?」
「1週間すぐじゃない。」
「・・・そうかなぁ。」
「なんで、・・・寛は寂しくないの?」
「・・・さみしいよ。」
「・・・。」
自分でも泣きそうな顔になってるのが分かって、嫌んなった。
いい年こいた男が何をそんなことでって。
でも、寛が当たり前みたいに、俺が居なくても平気って言うのが悲しかった。
「・・・ふふっ、あぁーっもう、凛はどんだけ俺のことが好きなんだって。」
「どうって・・・1週間も離れて居られないくらいだろ。」
「くっくっく・・・俺のこと追っかけて東京来ちゃうくらいか。」
「そうだよっ、だって電話だけじゃ足りなかった。」
「ハイハイ、・・・まったく凛は甘えん坊やだなぁ。」
そう言って笑いながら、寝転んだ俺を正面から抱きしめる寛。
壊れ物みたいに髪を優しく撫で付けられると、相変わらず全てを受け入れてしまう俺がいる。
それを分かっていてやっている寛を知ってても、それでも気分が良くなってしまうから不思議だ。
「・・・なぁ、寛がいない間、合鍵使ってもいい?」
「ん?うん、いいよ。」
「あと、寛が今着てる服貸して。」
「え?・・・ふはっ、なんで?何すんの?」
「え、えっちなことには使わないっ。」
「ぷっ、ま、まあいいけど。」
「・・・マジで?」
「うん、俺も凛がくれたお揃いのフレグランス持ってこうかなぁ。」
「・・・あ、あれ捨ててなかったの?」
「捨てるわけ無いだろ、何言ってんだよ。」
「だって、全然つけてるとこ見ないし。」
「もったいなくてしまってる。・・・それに、こう、夜に嗅ぐと変な気分になるだろ?」
「・・・なにそれ、すごいウレシイ。」
「ははっ、なんだよそれ。」
「なぁ、・・・じゃあ、今も変な気分?」
「まぁ、多少。」
「・・・・・・ふ、へへっ。」
「何だよ、その顔。」
「だって。」
「だって?」
「寛がさ、寛がねぇ。」
「何さ。」
「でも、・・・今日はあえてシない。」
「ははっ、なんで?」
「だって、我慢して我慢して、やっと出来たーって時の方が燃えるじゃん?」
「くはっ、り、凛が我慢出来るならいいけどな。」
「なんだし、俺そんな猫みたいに性欲強くないし。」
「そうだなぁ、凛はせいぜいうさぎくらいだな。」
「それ、もっと増えてんじゃねーか。」
「くくくっ・・・。」
「・・・・・・・・・・・・なぁ寛?」
「うん?」
「真面目な話、頑張って来てな?」
「うん。」
「・・・あとな、少しは俺が居なくてさみしいって思ってな。」
「もちろん。」
「うん、じゃあ・・・いってらっしゃい。」
「ん、うん?」
「明日多分、俺のが早いやし。・・・授業もバイトもあるのに今日来ちゃったからさ。」
「あぁ。」
「だから、先に言っておこうとおもって。」
「そっか。」
「うん。」
「じゃあ、行ってきます。」
「うん、・・・いってらっしゃいのチューは?いる?いらない?」
「・・・いら」
「えっ!!」
「いる。」
「ふへっ。」
あえて頬にくれたキスは、寛の言うところのうさぎに対する彼なりの優しさだ。
うさぎはお前で俺はおおかみだよ、とか、冗談でも言ったら寛は涙が出るほど笑うのかなぁ。
「・・・もう寝るか?」
「うん・・・、あぁー、でも寝るのもったいない。」
「くくっ、たった5日間だろ。」
「だからぁ、それ言うなってぇ・・・俺だけ寂しがってるみたいだろ。」
「だって凛のさみしがり方って異常・・・。」
「うるせっ!」
「ぷは、やっぱりうさぎだろ。」
「・・・もういいよそれで、それでいいからもっとくっついて。」
「ハイハイ、じゃあ・・・おやすみ。」
「おやす・・・。」
「え?」
「みっ。」
「ふふっ。」
朝、布団から出ようとする俺の服をギュッと握る寛が可愛くて、それだけで5日間乗り切れそうな気がした。
約束通り、夜のうちに着替えて置いておいてくれたらしい寛のシャツの代わりに、
俺も寛が掴んだままのシャツを脱いで置いていってやることにした。
次の日、持ってきちゃったってタイトルでシャツの写メが送られて来た時は思わず保護したけど、
抱きしめたくなっちゃうからホント、やめてほしい。
そういう風に、どうしても会いたくなったときは合鍵を使って寛の部屋に行く。
ちなみにシャツは本当に、変な用途では使ってない。
あぁ、これ、マジだから。疑うとか傷付くわ。
でもまぁ、これって結構やばいよね。
マジで俺中毒みたいに寛が好きだ。
早く帰ってこないかなぁ。
だって満足なんて出来っこない、全然足りない、早く会いたい。
帰ってきたら、まずはただいまって抱きしめてね。