カチ、カチ、カチ、カチ…
「あっ、ぁ、…あっ、あっ、あっんっ…んぁあっ…」
カチ、カチ、カチッ…――――――――
寛、知ってる?
今のがお前の十代最後の一秒だったよ。
大人と子供を分ける、最後の一秒。
―ヴーッ…、ヴーッ、ヴーッ…―
ギッ、ギッ、ギッ、ギシッ…
「あっぁ、あぁはっ、…はぁっ、あぁああっ!」
軋むベッドの上、その日の始まりに愛する人の誕生を祝う言葉は紡ぐことが出来なかった。
その代わりに、ケータイのバイブ、時計の秒針、シーツの擦れる音、
その他一切の音をかき消してしまえと、喘いで、喘いで、喘いだ。
赤い、熱い、甘い
日の射し込む窓の外、朝の気配にのんびりと目を開ける。
新しい陽の光を取り入れようと身体を傾ければ、目に映ったのは明るく光る金髪だった。
「ん…。」
「…目ぇ覚めたか?」
「ん。」
「寛、誕生日おめでとう。」
「………ふふっ。」
「んだよぉ、何で笑うんだよぉ?」
「ううん、ごめんなんか…。」
―幸せで―
自分の生まれた日を祝うために朝から大切な人が隣に居て、
俺が目を覚ますのを待っていたみたいに朝日より眩しい笑顔でおめでとうって言葉をくれる。
一番にこの世に生まれた事の喜びを共感してもらいたい相手が今そうして笑っていてくれる幸せに、自然とこぼれた笑みだった。
「あーっ、あー、あー…ゴホンッ…ンンッ…あーっ…。」
「…掠れてるな。」
「ははっ…上手く声出せねー…。」
「大丈夫か?」
「んー、これくらいなんとも。」
「そっか…。」
「うん。」
昨晩、唯一俺の耳に届いていたその声が、今は嗄れて出なくなってしまっている。
けれどそんな事にも、たった一人凛だけがあの瞬間に側に居てくれたのだと実感して喜びを感じてしまう自分がいた。
「………凛。」
「ん?」
「ありがとう。」
「なにが?」
「側に居てくれて。」
「…俺は居たくて寛と一緒に居るだけだし。」
「うん、そんな風に思ってくれることが幸せだ。」
「…。」
「凛、愛してる。」
「…うん。」
二十歳と、十九歳。
大人と子供の明確な境界線とは、何処にあるのだろう。
それは俺達の目にははっきりと見えるものでは無いけれど、二十歳という年齢は一種の基準としてそこにある。
かと言って、俺は大人、凛は子供ときっぱり区切の付けられるものでもない。
凛は十代だからといって何も知らない子供という訳ではなく、
俺は成人を果たしたからといってたかだか一日で急に大人になれる訳でもない。
ただ、愛してるだなんて言葉が自分の口からすんなりと出て来る時が来ようとは、
子供だった自分には微塵も想像が出来なかったと思う。
その言葉を口にしたのが子供だというだけで、なんだか不釣合いで不恰好な
意味の薄れた言葉に聞こえてしまうような気がして、なかなか口に出して言ったりはしなかった。
これは大人になった今だからこそ何の戸惑いも無く言える言葉なんじゃないかと、少しだけそう思う。
逆に、子供だからこそ言える言葉というものも存在している訳で。
「俺も、大好き。」
大好きだなんて、そんなキラキラした言葉。
俺にもまだ、“愛してる”よりは“好き”の方がしっくりと来るけれど。
それでもこれは、凛の方が良く似合う。
「寛、メール着てるぞ。」
「…あぁ、うん。」
「開いても良い?」
「うん。」
「………なんか、女の人からも着てるし。」
「たぶん、サークルの人。」
「ふーん。」
「貸して。」
「ん。」
「…うわっ、こんなに着てたのに全然気が付かなかった。」
「俺は気が付いてたぞ。」
「ホント?」
「寛はそん時俺の中に居ました。」
「………そうか、」
「俺、寛の19歳最後と20歳最初ダブルゲットだ。」
「うん、そうだな…凛の時もそうなるだろうけど。」
「っぅ、…うん。」
「…嫌なんか。」
「ち、違う…ただ、なんか急に恥ずかしくなっただけ。」
「ふっ…、可愛いな、凛は。」
「可愛いとか、男にに言うことじゃねーし。」
「うん、だけど好きな子に言うくらいは許して。」
「…。」
「ふふ、やっぱり可愛いな。」
凛は未だに俺の愛情を表現する言葉に照れたりするところがあるから、
そういうのは普段の何事にも動じないクールな面とのギャップがあって良いと思う。
柄にも無く赤くなる凛が可愛くて、俺は思わずその頭を撫でた。
すると少し悔しそうな顔で子供扱いかよって拗ねたように呟く凛がもっと可愛くて、さらにその頭にひとつキスを落とす。
「………あぁーっ…」
とうとう二十歳になってしまったんだなと、なんだか急に実感が湧いてきた。
唐突に大きな声を上げた俺にびっくりしたように反応する凛を、
そのまま巻き込んで横向きに倒れこむと腕に力を込めてその中に閉じ込めた。
「なんだよ、急に…。」
「うん、俺…二十歳になってしまった。」
「…くくっ、馬鹿みたい。そんな事さっきから知ってただろ?」
「うん、でもなんか今急に実感が湧いてきた。」
「ふーん。」
「…なぁ、凛。」
「んー?」
「愛してるって、言ってみて。」
「え?」
「聞きたい。」
「…寛、愛してる。」
「ぅっ…おぉ……。」
掠れた声で、上目使いで、こんな近くで、そんなことを言わせた自分が馬鹿だと思った。
こんなにも心臓が煩くなるだなんて思わなくて。
やっぱり凛ももう、子供じゃない。
「…凛。」
「ん?」
「…大好きって言って。」
「大好き。」
「うん。」
「…さっきからなんだ?シたいの?」
「違う、本当に、聞きたかっただけ。」
「ふーん…。」
「…。」
「そういえば、コレ見て。」
「ん?」
「ほらっ。」
「………う、わっ。」
「すごいだろ?すっげぇ真っ赤。」
見て、と凛が着ているTシャツの首元を引っ張りながら俺に見せてきたものに驚いた。
凛が着ている服の首元を少し捲っただけで、想像したよりも遥かにたくさんの赤が、首筋や胸元に散っているのが見える。
それは昨日の夜、…もしくは今日の深夜に自分がつけた赤い印達。
凛が誕生日には自分を貰って欲しいから俺のだという印を付けて、だとか
妙に俺を興奮させるツボを突いた台詞を吐くものだから、気が付かない内に夢中になってしまっていたらしい。
「ここまで沢山付けられると思ってなかったけどよー、なんか俺、マジで寛のモノって感じするだろ?」
「…うん、………なんかごめん。」
「別に、俺は寛のモノだしどんなにしても良いよ。」
「あのな、そういう事は言ったらダメ。」
「なんで?」
「…色々と、大変なことになるぞ…。」
「いいよ、寛にならマジで何されても平気だし。」
「やめてくれ、本当に色々と歯止めが利かなくなりそうで怖い。」
「そんなもん、利かなくなっちゃえば良いのに。」
「凛ー…お願い、そんなこと言わないで。」
「わーかった。」
そんなに必死になる事無いのに、と笑う凛。
なんだか遠まわしに子供っぽいぞと言われているようで悔しくなる。
そんな凛に腕に思い切り力を込めるというなんとも子供っぽい反撃をしたら、
痛い痛いと言いながらも可笑しそうに笑うから、つられて自分も笑ってしまった。
「…凛。」
「ん?」
「俺にも付ける?痕。」
「いいの?」
「うん、いいよ。」
「でも寛、サークルの時に服脱ぐ事あるだろ?」
「そん時は…猫にでもやられた事にしとく。」
「…なんだよー、それ。」
「くくっ…。」
「まぁいいや…。」
ベッドに寝転がっていた体制から少し上体を起こして壁に寄りかかると、凛も同じように起き上がり、俺の両足を跨いで座った。
それからゆっくりと俺の着ているシャツを上に捲り、胸元に顔を寄せるとそこにきつく吸い付く。
なんだか少しくすぐったくて笑いそうになるのを堪えていると、後ろ手に太ももをパンッと叩かれた。
「んっ………見て、ハート型。」
「ハート?」
「うん。」
「本当だ。」
「すごいだろ、俺の愛の力だぜ。」
「くくっ…。」
「…やった!これで寛も俺のものーっ!」
「ぷっ…、そうだな。」
「ケーキ食べようぜっ!」
「うん。」
「………イチゴゲットーッ!」
凛はひとつだけ俺の首元に赤い印を付けると、やわらかくキスをして嬉しそうにベッドから跳ね降りていった。
それから昨日買って来てくれたケーキの箱を冷蔵庫から取り出して開いている。
いちごを摘んで一口で食べた後、楽しそうな凛がこちらを振返った。
そんな姿を見ていると、凛はいつまでもこのままで居るような気がしたし、そうであって欲しいと思えた。
大人だとか子供だとか、そんなものは関係なく、いつまでも側に居たいと思わせてくれる彼のままで。
「…凛。」
「んー?」
「大好き。」