「甲斐クン。」
海岸沿いの塀に一人腰掛けて海を眺める裕次郎を見つけた。
悪戯心から、いつもは俺ではなく裕次郎の幼馴染の彼の方に親しみのある呼び方で名前を呼んでみる。
振返りそうになる裕次郎の目を手で隠し、後ろから右頬にキスをすれば裕次郎の肩がビクッと跳ねるのが分かった。
橙、優しい、太陽の
「っ…!?」
「…くくくっ。」
「寛………。」
「永四郎かと思った?」
「うん…しかんだやっさぁ。」
「ドッキリ成功。」
「ふぅ………なんやしそれ。」
「くくくっ…。」
「あ、そういえばなんで寛がここにいるばぁ?」
「裕次郎を探してた。」
「え、…どうやってここに居るって分かったの?」
「永四郎に見つかる前に裕次郎を捕まえておこうと思って探した…必死に。」
「ふふっ…そっか、必死に探しくれたんだ。」
「うん。」
塀の上にしゃがみ込んで、自分より高くなった目線の先の裕次郎が笑う。
それから裕次郎は内緒話をするみたいに、声のトーンを下げて話し出した。
「………ねぇ寛、わんもうすぐ永四郎に見つかっちゃうかも知れない。」
「じゃあ、砂浜の端まで歩いてみるか?」
「いいね。」
右手には裕次郎の手を握り、左手には靴を持って砂浜をゆったりと歩く。
このペースで歩いていたら砂浜の端になんて到底たどり着けはしないだろうけれど、
最初から海の端まで歩き切ろうだなんて考えで裕次郎を誘った訳ではないのだからそんな事はどうでもいいのだ。
要は、できるだけ長く裕次郎の隣に居ることの出来る約束がしたかった。
本当は永四郎にもちゃんと言ってあるけれど、今はそれも内緒だ。
「寛、足の指長いね。」
砂浜に付いたお互いの足跡を見比べて裕次郎が言った。
俺には大して大きさの違いは分からなかったけれど、しいて言うならば自分の足跡の方が細長いかもしれない。
「そうか?」
「足何センチ?」
「…28?くらいかやぁ。」
「ふーん…じゃあわんとそんなにかわらないのになぁ、足跡がでーじ大きく見えるさぁ。」
「ん…裕次郎は?何センチ?」
「わんは27.5…だから実際には5ミリしか変わらんのに全然違く見える。」
「へぇ…意外とそれくらいあるんだな。」
「うん。」
裕次郎は自分の片足を上げて一度大きさを確かめてから、俺の足の方へと視線を落としてしげしげと見比べている。
それから今度は握っている俺の手をじっと見つめて、大きさを比べるように手を合わせた。
裕次郎の手よりも大きい俺の手は、関節一つ分くらいがはみ出して重なっている。
その結果にはすぐに納得がいったようで、裕次郎は再び俺の手を握りなおしてからぎゅっとその手に力を込めた。
「寛は、手の指も長いさぁ…細くて綺麗な手やっし。」
「ん…。」
「わん、寛の手好き。」
「…にふぇー…?」
裕次郎はその後も、俺の足跡に足を乗せてなんか違う…とぶつぶつ独り言を呟いてみたり、砂浜にしゃがんで何かお絵かきを始めたりした。
そんな様子をしばらく黙って見ていると、裕次郎が顔も上げずに俯いたまましゃべりだす。
「寛は優しいやぁ…。」
「ん?…なんで?」
「ずっと黙ってわんの隣に居てくれるあんに?」
「…それだけで?」
「永四郎だったらそんなことしてないで早く帰りますよって言うし、凛君だったらそんなくだらない事でわんを待たせるなって言うよ。」
「あぁ…それはあのふたりとわんとでは裕次郎と居る目的が違うからやぁ。」
「目的?」
「うん、永四郎は裕次郎と一緒に帰ることを目的としているし、凛の場合は一緒に遊ぶ事を目的にしてるあんに?」
「うん。」
「やしが、わんの目的はただ裕次郎の隣に居る事だけだから。」
「隣に居る事…。」
「そう、裕次郎の隣に居られるだけでわんは十分幸せな気分になるんどー。」
「…それは、寛がわんのこと好きだから?」
「うん。」
「わんもだぁ…、今でーじ幸せな気分だし、ちむどんどんしてる。」
「ふっ…そうか、嬉しいな。」
「…やぁっぱり寛は優しいばぁ。」
「そうか?裕次郎に対してだけかもな。」
「…そんなことないけどね。」
呟きながら、握られている方の利き手で砂浜に描いたハートを何度もなぞる作業を繰り返す裕次郎に、なんだか可笑しくなって笑いが零れた。
そんな俺の様子に、裕次郎はなんだ、という顔でこちらを振り向く。
俺は裕次郎に取られていた自分の利き手である右手を裕次郎のハートをなぞっていた左手ごと引っ張って、砂浜に文字を書いた。
「………ゆう、…じ、……ろう、…か、…な、さ、ん、…どー…。」
「うん。」
「…なにそれ、なんかでーじ恥ずかしくなってきた。」
「くくっ。」
「…わんもかなさんどー、寛。」
「うん、ありがとう。」
しばらくふたりで砂浜にしゃがみ込み、海の方から波が引いたり押し寄せたりを繰り返す様子を黙って見ていた。
するとやはり、こんな時最初に話しだすのは裕次郎の方だ。
何か言いたそうに2度3度こちらの様子を伺って、それから話を切り出した。
「ねぇ、…ひろしぃ、わん寛の誕生日プレゼントに渡したいものがあるんだけど、貰ってくれる?」
「え?…やしがプレゼントなら、もう…。」
「うん、実はさぁ、あれは本当に渡したかったものじゃなくて、渡そうとしてた物の代わりに急いで昨日用意したものなんばぁ。」
「…。」
「だけど、本当に渡したかった方のプレゼント、今なら渡せる。」
「…そっか、じゃあ欲しいなぁ、それ。」
「うん、…ちょっとごめん、離していい?」
「うん。」
ちゃんと断りを入れてから手を離す律義な裕次郎。
普段は細かい事を気にしないタイプなのに、なんだか面白いと思った。
裕次郎は背負っていたリュックを降ろして、前に付いた小さい方のポケットから何かを取り出してこちらを振り向く。
緊張した面持ちではい、とそれを押し付けるように渡され、砂浜に落としてしまいそうになって慌ててしっかりと包みを掴んだ。
「それ、開けてみて…要らなかったらわんがちゃんと持って帰るから。」
「裕次郎がくれるって言うんならわんはなんでも貰うど、………インでもな…くくっ。」
「じゅんに…?」
「うん。」
「…もう開けた?」
「うん、今開け…、た……。」
「…。」
「…裕次郎、これ………。」
「うん、自分でもなんか恥ずかしいさぁ。」
小さな包みを開けると箱が入っていて、それをさらに開くと裕次郎をこんな風にさせる理由が入っていた。
箱の中には小さくて、とても綺麗なシルバーリングがひとつ、存在感を持ってきらりと光っている。
思わず驚いて隣に目を向けると、恥ずかしそうに帽子で顔を隠している裕次郎の姿があった。
「裕次郎。」
「う…、それさぁ、作ったはいいけどさぁ、よく考えたらちょっと変かなぁって思って…。」
「…。」
「なんかいきなりそんなの渡されても困るだろうし、重いとか思われても嫌だし、
皆の前では渡せないしで…結局他のものを急いで用意したんだけど、でも、寛は優しいから貰ってくれる位はしてくれるかもって思ったし、
折角作ったからやっぱ渡したくて、だからって別につけなくてもいいけっ、………。」
裕次郎が照れ隠しか不安からか、一人でしゃべり続けるのを半分くらいはボーっと聞き流してしまっていた。
確かに少しびっくりしたけれど、こんな風に手作りのプレセントを渡されて俺が嫌な思いをするはずが無い。
見ただけで手が込んでいると分かる細やかな細工の施されているリングは、
その分の裕次郎の気持ちが丸ごと伝わってくるようで涙さえも出そうに嬉しくなる。
咄嗟の衝動に駆られて裕次郎の顔を隠す帽子を取り払い、今だにネガティブな言葉を紡ぎ続けるその口を塞ぐようにキスをした。
裕次郎は一瞬目を限界まで見開いて、次の瞬間にはぎゅっと思い切り目を瞑る。
俺もゆっくりと目を瞑り、口付けを深くした。
この気持ちが少しでも伝わればいいと思う。
「…ふっ……ん、…はぁっ…。」
「………裕次郎、にふぇーでーびる…でーじ嬉しい。」
「…じゅんに?」
「うん、今まで貰ったプレゼントの中で一番。」
「………そっか、よかった。」
「これ、着けてみてもいいかやぁ?」
「…うん、わんが着けてあげる。」
「………ぴったりさぁ、綺麗だ。」
「…うん、寛の指細いから、やっぱり似合うね。」
「これ、大切にするさぁ。」
「うん。」
「じゅんに、にふぇーどー、裕次郎。」
「うん、どういたしまして。」
優しい色をした夕暮れの太陽が、俺の薬指の指輪を光らせ、やわらかい裕次郎の笑顔を映し出した。
今この時に俺の目の前に広がる愛しいものだけで出来た世界が橙色に染まってゆく。
絶対に離れたりしないようにと、暖かい色をしたその人を想いの限りに抱きしめた。