本当のことを言えば俺は、凛の男らしさよりはもっと、その可愛らしさに惚れた。
本気で好きだから何も出来ないんだよって、泣きそうな顔でそんなことを言う姿が、
おおよそいつもの凛とは違って見えて、俺はつい、独り占めにしたくなった。

俺が思っていた以上に凛は、恋愛に対して奥手で繊細で、決して乱暴に扱ってはいけない、そういう存在だった。
今までプラスチックで出来ていると思っていたものが実はガラスの器だったと知って、
そうとは知らずに粗雑に扱い、割ってしまう様な事がなくて本当に良かったと今更になってヒヤヒヤする。
それくらいに脆くて壊れやすいものなのだと、実際にこの手で触れてみてから漸く知った。
軽く頭を撫でるだけでふるりと震えてみせるくせに、離れてゆく掌を名残惜しそうに見つめる。
そういうところを見せられると確かに、俺も、何も壊したくないと思った。

ふしぬやーうち

「ごめ、ん・・・やっぱ怖い。」

いざ、という時になって、布団に組み敷いた凛がポツリと溢した。
その言葉を聞いて潔く凛の上から退いたのは、優しいフリだとかそんなんじゃなくて単純に、自分も怖くなったから。
いつも触れたいと願っているのは本当なのに、そういう時になると必ず、体が竦んでゆくのを感じる。
俺ですら怖いと感じるんだからきっと、凛はもっと怖い。
お互いに怖いと感じているのだから無理にする必要もないのだけれど、
どうしてか、こういう事はいつも凛の方からしようって誘ってくる。
そうしていつも、やはりまだ怖いのだと再確認するだけの行為に終わってゆく。


気分転換、というよりは布団やベッドの無い場所に移動する事で、
これ以上行為を先に進める意志が無いことを伝え、凛を安心させるために外へ連れ出す。
秋口といえど昼を過ぎれば外は冷気が増し、薄いシャツ一枚ではどうにも肌寒い。
そっと包み込む様に凛の体を抱き寄せれば、上目遣いによこされた瞳が、潤んでまた、伏せられた。

「寛、俺がこういうの慣れてると思ってただろ?」
「最初はな。」
「・・・ごめんな、いつまでもウジウジやってて。」

ジャリ、と砂を足で避けて砂利道の表面を削りながら、凛が申し訳なさそうに言った。

「こんなはずじゃなかった?もうやめたいって思ったりする? 
寛は、一回も俺に・・・思ってたのと違うとか、そういうこと言わないけど。
本当は飽きたって、つまんないって、いつ言い出そうか考えてる?」
「そんなわけない。」
「・・・・・・けど。」
「俺は、凛の中で一体どんな奴だと思われてるんだよ?」
「え?」
「まるで体目当てみたいな、・・・言い方するから。」
「ち、違うっ・・・。」
「それに今までの奴と一緒にされるのも癪だ。」
「・・・ごめん。」
「本当は俺、見てるだけでいいとか考えてたくらい凛が好きだ。
 だから、簡単に手放そうとなんてしたりしない、大丈夫。」
「寛・・・。」
「そういうことだから、・・・これ、覚えとけよ。」
「・・・うん。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「う、うぁぁ・・・、めちゃくちゃ恥ずかしいこと言った。」
「くくくっ・・・、ありがと、寛。」

恥ずかしさに思わずしゃがみ込んだ俺の頭を、凛がぽんぽんと撫でてくれる。
その手はもう、震えていなかった。


「なぁ、裕次郎がさ、今度皆で海閉じしようって。」
「あぁ、花火とかしたいな。」
「そう、皆で花火と水着持参で。」
「うん、いいと思う。」

星空の下を並んで歩きながら、ふらふらとあてもなく歩く。
そうしていると必ず、無意識でもたどり着くのはいつだってこの広い砂浜だ。
俺たちにとっては海が、一番に自然体で居られる場所だからだった。

「っ・・・さみっ。」

ひゅうっと冷たい向かい風が吹いた。
凛がポツリとそんな事を言って、身を縮めながら手をすり合わせる。
わざと目を逸している事はよく分かるから、なんとなく手を伸ばせないもどかしさ。
凛は気付いて居るのか居ないのか、急に黙り込むから辺りには、波音だけがやけに大きく響いた。

凛が話題を振ってくれなければ会話さえも録にない俺たちだ。
だから飽きたとか、つまらないって言葉は自分の方こそ言われてもおかしくないと思うのだけど。
いつも自分のことだけを見下げてしまう凛が、なんだかとても悲しかった。
そして俺は、凛は凛が思っている以上に魅力的な人間であるということを、伝えきれない自分がとても悔しい。

俺たちが沈黙している間、隣では凛が、ひたすらに海を眺めている。
俺と目を合わせない様にしているらしいその姿は、なんだか授業中の生徒みたいだ。
いかにも恋人らしい会話をと求められても、対処に困ると言いたいのかもしれない。
指名したところで「わかりません。」なんて答えが返ってくるだけならば、こちらもあえて問いかけることはしないから。
凛とは反対に、俺は空を見上げた。
その時丁度よく、目の端に空を青白い光が滑るのが映った。

「あ、流れ星。」
「え?」
「流れ星。」
「うそっ、どこどこ?」
「あの島の上らへんの。」

凛が俯いていた顔を上げ、急に目を爛々と輝かせて空を見上げた。
今まで見つからないようにと息を潜ませていたのは誰だったろう。
地上の声なんかちっとも関係ないはずなのに、シッて人差し指を立てて視覚にすべてを集中させているようだった。
そういえば今日は、流星群がピークだって。

「・・・あっ、あっ!観た!?今の観たか!?本当に流れ星だ、綺麗。」
「うん。」
「きれいだ。」
「うん。」
「・・・寛、なんか願い事した?」
「ん?・・・うん。」
「そっか、俺も。」
「・・・なんて?」

凛は一瞬黙り込んで、それから照れくさそうに笑った。
こんなにも綺麗に笑う誰かに、俺は今まで出会ったことがないかもしれない。
この笑顔が、いつまでも消えてなくなったりしませんように、いつでも隣にありますように。
そういう願いばかりが浮かんでは、留まることなく溢れてく。

「そんなの、秘密だ・・・。」
「ちょっとだけ。」
「いーや。」
「なんで?やましいことか。」
「ち、違う!・・・ただ、寛と・・・ずっと一緒に居れたらって、それだけ。」
「・・・。」
「ひ、寛は?」
「・・・・・・俺は、秘密。」
「な、なんだよそれー!」

凛が拗ねたように俺の左頬をつねった。
本当は願い事が多すぎて全ては伝えられないだけなんだ。
でもいたずらっ子みたいに笑う、そんな凛の姿が見られて良かった。
・・・凛が、その笑顔の本当の価値に気付けますように。

これからもどんな笑顔でもいい、凛にはいつでも笑っていてほしい。
それが俺の一番好きな凛の姿だ。
・・・俺が想うくらいにもっと、凛が凛自身を好きになれますように。

時々悔しくなるくらいに伝えることが苦手な俺だけど、凛を想う気持ちの大きさには自信がある。
だから凛にももっと、自信に満ちた笑顔で隣にいて欲しい。
・・・相応しくないなんて考えが浮かばなくなるくらいにもっと、凛に俺の気持ちが伝わりますように。

そして俺も、凛の隣に居れたらそれだけでいい。
・・・それから凛の、願いが叶いますように。

欲張りな俺の願い事、でもその全てがどうか叶って欲しい。
こんなにもたくさんの光が零れた夜だから、その内のどれかにきっと、親切な星が居ることを信じている。

星空を見上げる俺の左手に、凛の冷たい右手がそっと触れて、遠慮がちに結ばれた。
これが俺たちのこれからを示す、序章であればいい。





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