すこしでも期待した自分が恥ずかしかった。
こんなこと、もう何度も繰り返して来たのに。
いとも簡単に忘れてしまう。
結局皆、俺じゃなくてもいいんだって事。
傷付きたくなければ決して忘れてはいけない大切な事なのに。
なぜそれを、俺はこんなにも簡単に忘れてしまえるんだろう。
なぜそれを、新しく傷を抱える事でしか思い出せないんだろう。
『あい、裕次郎?・・・やー、こんなところでぬーしちょーが?』
どうしても諦めきれない傷だらけの心が、次こそはって、まだ大丈夫って、
またいつものように強がった素振りをみせる。
どうして俺は、こんなにも簡単に誰かに期待してしまえるんだろう。
Fooler
シャラン、シャラン、とウインドチャイムの鳴る音がする。
凛くんが、越してきてすぐに運気が上がるからと玄関ドアに取り付けたものだ。
それを合図に今まで見ていたバラエティ番組から視線を外し、玄関へ向かう。
ご主人様を迎える犬の様だとは、自分でも少しは自覚している。
「ただいま。」
「おかえり。」
「っあぁ、疲れた・・・・・・、つかれたぁ〜っ・・・。」
「お疲れさま。」
玄関先で両手に抱えた荷物をドサドサと降ろし、力尽きたように倒れこむ凛くん。
荷物がひとつ床に下ろされる度にズシリと重たそうな音を立てていて、余程のものなのだろうと思った。
凛くんの転がる両脇に下ろされた荷物をまとめて持ち上げると、確かにかなり重い。
一気にリビングに運んでしまおうと両腕に力を込めたところで、凛くんに明日も使う物だから必要ないと止められた。
「んー・・・、ゆうじろう。」
凛くんが甘える時の、寝起きの様な声を出して両腕を緩く広げている。
頭の前まで来てしゃがみ、両膝をついて覗き込むと、凛くんは俺の首を抱えるように引き寄せて、ゆっくりと目を閉じた。
逆さに重なった唇が何度か小さく合わさったあと、隙間から舌が侵入してくる。
それに答えるように絡めていると、最後にはちゅう、と派手に音を立てて吸われ、満足したようにパッと離れていった。
「・・・・・・・・・ごはんは?」
「・・・明日がいい。」
「疲れちゃった?」
「うん。」
「そっか。」
起き上がる気力も無いのか玄関先で寝転がる凛くんの頭を、くしゅくしゅと撫でてから立ち上がり、リビングのソファに腰掛ける。
さっきまで見ていたバラエティ番組はドラマに変わっていた。
しばらくすると、やっと身を起こした凛くんが匍匐前進するみたいにズルズルとリビングまでやってきて、
ソファに這い上がると隣に座り、甘えた仕草で右肩に寄りかかって来る。
それからないしょばなしをするみたいに俺の耳元に唇を寄せて、またいつもの、寝起きみたいな甘い声を出した。
「ゆーじろぉ、えっちしよぉ・・・。」
ゾクリ、耳元から、全身をあわ立たせる低い声が響く。
凛くんは返事を待つ子猫みたいに、眉をハの字にしてこちらを見上げている。
これを断るのは至難の業だと思えた。
けれど、もしもの話、俺が今ここでNOと答えたら。
この子猫の様な瞳は狂気を映し、鋭く牙を剥いたりはしないだろうか。
不遜で卑劣なあの獣が、化けの皮を這い出て表れたりはしないだろうか。
「・・・り、凛くん思いっきり『疲れたぁ』って連呼してたあんに?」
「えー、だぁってさぁ・・・。」
「なに?」
「疲れてる時のがムラムラするやし。」
「や、・・・・えぇー。」
「だめ?」
「いやー、・・・ダメっていうかさぁ、・・・今日は、やめとこ?」
凛くんの瞳が一瞬ショックを受けたように見開いて、
すぐに伏せられると、今度は眉間にきゅん、とシワが寄った。
それから『わかった』って呟いて、再び俺の右肩に頭を乗せると、
しがみつくみたいに俺の腕を強く抱いた。
悪い癖が出た、とすぐに思った。
何事にも疑いを持ちすぎてしまう癖が、いつからか染み付いてしまっていた。
どう考えたって凛くんは、俺を傷付けようとなんてしたりしない。
俺をモノみたいに扱う誰かは、なんでもないみたいに裏切る誰かは、
あんな風に、優しいキスはくれない。
俺の好きだよって言葉に、嬉しそうに笑ったりはしない。
そんなことはとっくに分かっていたのに。
「裕次郎。」
凛くんの冷たい声。
唐突に呼びかけられて、ざわついていた心が一気に凍りつくのを感じる。
何か恐ろしいことが起こるのではないかと、緊張して体が強ばった。
けれど実際には長い沈黙が訪れただけ。
恐る恐る名前を呼びかければ、今にも泣き出しそうな震えた声で返って来たのは、意外な言葉だった。
「裕次郎、わんのこと嫌になった訳じゃあらんな?」
何を言えばいいのか分からなかった。
それでもこの状況で沈黙してはいけない事だけは分かっているから、
余計に頭が混乱して言葉が出ない。
その間にも凛くんの不安はどんどん大きくなっているだろう。
最初から不安になどさせてはいけなかったのに、
あんな風に試すような事は言ってはいけなかったのに、
俺は一体何をしているんだろう。
「凛くん・・・、凛くん・・・。」
気付けば無意識に、凛くんの名前を呼ぶ声が溢れていた。
不安になると出てしまうようになった、俺の癖だった。
それを聞いて凛くんが、はっとした顔をする。
もうどうしていいか、本格的に分からない。
「凛くん、・・・嘘、ほんとはダメじゃない、嫌になってない、嫌じゃない・・・、嫌じゃ、ないから。」
「ゆ、裕次郎、・・・わっさん、責めてないから、わん全然わじってないし、落ち着け、・・な?」
「凛くん・・・。」
「・・・・・・・・・っあぁー、しに格好わりぃ・・・何してるばぁ、わん。」
「凛くん・・・。」
「うん・・・うん、わっさん・・・しんけん、怒ってないし・・・、なんつーかその、
急に不安になったっていうか・・・、振られる前兆みたいな・・・もんかと。」
「え?」
「ほら・・・、その、手汗ひどいから手繋がないとか・・・、風邪うつしたくないからキスしないとか・・・、
そう言う感じでよ、疲れてるならやめとこって・・・、言われたのかと思って。」
「あ、あらんよ・・・そんな訳。」
「うん、だーるな、裕次郎がそんな言い方する訳ねーのにな、わっさん。」
「・・・。」
「やっぱりわん、裕次郎の言うとおり疲れてるみたいやっさ、だからもう寝る。」
「え・・。」
そう言ってソファを降りると、凛くんはすぐに着替えて布団に倒れ込んだ。
「・・・・・・ところでわん、裕次郎が抱きしめて寝てくれた方が疲れが取れる気がするんやしが。」
「うん、わかった。」
「裕次郎こっち、わんこっち。」
「うん・・・。」
「ん?どした?」
「ん、あのさ、・・・シないの?」
「え?・・・あぁー、まぁ、わん、疲れてるし?・・・裕次郎に気使わせてしまうんど。それに、途中で寝てしまうかもしれん。」
「・・・。」
「そん代わり、明日は、な?」
「えっ。」
「裕次郎明日遅いんか?」
「いや、今日と同じやしが・・・。」
「ん、ならわんも早く切り上げてくるからよ、いいあんに?」
「・・・え、あぁ、まぁ、いいんじゃない?」
「いいんじゃないってなんやし、他人事だばぁ。」
「な、なんてあびていいか分からんかっただけさ!」
「うはっ、そっか、そうだよな、・・・確かにな、急に抱かれる宣告されてもな。」
「うっ・・、ホントだよ、何言っちゃってんの凛くん。」
「ははっ・・・、ふぁあ〜っ、わっひゃん、やしがあしたは、ふろはいってまっちょーけよ。」
「・・・。」
「・・・・・・な?」
「・・・・・・・・・・・・・・うん。」