『わっさん、その、凛がそう言ってくれる事は嬉しいけど…、イキガには興味…無いんやっさぁ。それにわん、イナグ出来たんだ。』
寛に告白して、きっぱり断られた。
俺の人生初、誰かに振られた事になる。
もちろんそうなる事は始めから分かってはいたんだけど、
それでも告白してしまったのは、心の何処かで期待しているところがあったからなのかな。
“イナグ出来たんだ。”
あんな照れくさそうな顔で言いやがって…。
俺だって、お前の事好きだったんだっつーの。
そんな俺の前で良くもあんな顔してくれたなって、逆に褒めてやりたい気分になったけど。
…それにしても呆気なく終わったな、俺の片思い。
何だろうこの気持ち、振られた後なのにまだ心臓がバクバクいってる。
あ、分かった…たぶんだけど、涙が零れない様にって心が緊張してる所為だ。
良いのかな、今泣いても。
振られた事なんて無いからそんな事も分かんねーや、俺。
“わんは凛くんが安心して笑ったり泣いたり出来る場所になれればそれでいいと思う。”
“何かあったらわんの前で思いっきり泣けばゆたさっさー”
あ、裕次郎…。
ヤバイ…俺、今お前の顔が一番見たいかも。
昨日のことを悔やむより
「あ…、居た。」
屋上のプールのフェンス越し、気持ちよさそうに泳ぐ裕次郎を見つけて眺める。
さすが俺、一発でこいつがどこに居るか分かっちゃったもんね。
両手で掴んだフェンスをガシャンガシャン鳴らして存在を知らせると、裕次郎が水から顔を出してこっちを見たから、
俺は檻みたいになってる入口の扉を開けてプールサイドへと走った。
「凛くん走ったら危ないさぁ。」
ゆるゆるとした口調でそう言いながら、裕次郎が梯子を使わずにプールサイドへ上がってきた。
飛び込み台が付いていて他の場所より少し高くなっているから、普通の人だったら上がって来るのにもう少し苦労するのかも知れない。
「…はい。」
裕次郎がプールサイドに上がって来るなり、フェンスに括りつけられた紐に掛かっている大きめのバスタオルを掴んで自分の身体を拭く事もせずに俺に投げ渡してきた。
…何だよ、俺に拭けってか。
でもなんか、太陽に当てられていたタオルのその温度が無駄に温かくて、ちょっとだけ心がじんわりした。
「…なんだよ。」
「それ、使って良いよ。」
「…は?」
「なんか、泣きそうなちらしてたから。」
「な、泣きそうなちらなんかっ…して、無い。」
―…凛くん、泣いて良いんばぁよ―
俺の事なんか全部お見通しだよ、みたいな言い方にちょっとムッとしたけど、
裕次郎のタオルはおひさまみたいな匂いがして、それがなんか、泣けた。
「…ふ、振られたっ……ひ、ろしに…振られた、…っ。」
「…そっか。」
「振られた…、あっさりっ…振、られた…。」
「…うん。」
「好、き、だったのにっ…、あいつのこと、でーじ好きだったっ。」
「…。」
泣きだしてから、なんか良く分からなくなった。
何で俺、今泣いてるんだろうって。
本当に俺は、泣く程寛の事が好きだったのかな。
確かに好きだったと思うんだけど、でも。
恋に恋してるっていう女のアレと俺のコレは、少しも違わない様な気がする。
…ちげーな、少しも違わないんじゃなくて、同じなんだ。
俺はまさに、恋に恋してた。
一回くらいはこうやって誰かを追っかけて、こっぴどく振られて、そんで失恋に泣いてって、
そんな如何にも“青春です”みたいな事がしてみたかっただけなんだ。
その証拠に、気が付いたら俺は、寛の事が好き“だった”って繰り返してた。
今は違うのかよって、そんな事に気が付いて泣いてる意味がもっと分からなくなったけど、
それでも温かい太陽の匂いに包まれると、俺の涙腺は緩みっぱなしになった。
視界が遮られた状態で立ったまま号泣していたら、バランスが取れなくなって身体が傾いてしまいそうになる。
裕次郎、抱きしめてくれたりしないかな。
そんな甘ったれた事、俺が思ってるなんて裕次郎は考えもしないだろうけど。
「裕、次郎…。」
小さく名前を呼んでみたら、ギュって控えめに頭が抱え込まれた。
塩素っぽい匂いがする…これは裕次郎の腕だな。
頭の後ろに回された裕次郎の左手にさらさらと髪を撫でられる。
こんな時にバカみたいだけど、それが心地よくて、眠ってしまいそうだと思った。
「裕次郎…。」
「ごめんね、…暫くこのままで居てもいいかやぁ。」
「…ん。」
「凛くんだったら、好きでも無い奴にこんな事されても嬉しくないって言うかも知んないけど…。」
「…。」
「やしが、やっぱ誰かが…好きな人が目の前で泣いてるのを見てるだけってのは出来ないさぁ。」
「…。」
「わんの前で泣けって言ったのは自分の癖に、結構辛いもんだね。」
「…。」
「わんの一番苦手なものは、女の子の涙よりも、凛くんの涙なんばぁ。」
裕次郎の右腕が肩の方まで降りて来て、もっと強い力でギュウって抱きしめられた。
少し息が苦しい。前が見えない。心臓がキュウキュウ痛む。
でも、裕次郎が俺に向けている“本当の好き”が痛いほど伝わって来て、どうしようも無いくらい嬉しかった。
「裕次郎っ…ゆうじろおっ…、ゆうじろぉーっ…。」
その後俺は、赤ん坊みたいに声を上げてわんわん泣いた。
寛に振られてから初めて気付いた、俺に本当に必要だった存在。
それでもそれを伝えるのは今じゃないって分かってたから、俺はだた只管その人の名前を何度も何度も呼びながら、泣いた。
温かい両腕はその間中、何かから守るみたいにしてずっと俺の事を包みこんでくれていた。
泣き止むのがもったいないなんてバカみたいな事を考えてしまうくらい、裕次郎は俺にとって“安心して泣ける場所”になっていた。
・
・
・
5時間目の始業を知らせるチャイムが鳴った。
俺達は、ふたりして屋上に並んで寝転んでいる。
とてもじゃないけど平気な顔をして教室へは入って行けない様な真っ赤な目をした俺と、それを気遣って一緒に授業をサボってくれた優しい裕次郎。
『数学だから行きたくなかったしラッキー。』とか、おどけて言ってくるあたりがこいつの優しい所。
もしかすると俺には、こうやって甘えさせてくれる優しい奴が一番合っているのかもしれない。
「良く考えてみたら…。」
「んー?」
「裕次郎って、…イキガとして最高かもしれないばぁ。」
「…へ?」
「だって…うん、やっぱやー…最高だな。」
「なんで急にそんな恥ずかしいこと連呼して来るの、凛くん…。」
「急に思いついたから。」
「その根拠は…。」
「やー、最高だから。」
「…意味くじわからん。」
「…やー、良い男ってどんな奴だと思う?」
「どんな奴って…んー、よく分かんないけど、たとえば…優しくて、頼り甲斐があって、思いやりがあって、そんで…大切な人を守れるような人とか?」
「うん、…それ全部や―の事だろ。」
「え…、え?……大丈夫?なんか凛くんが、凛くんじゃない…いや、凛くんだけど、あびてる事が凛くんじゃ無い!」
「なんやし、折角褒めてやってるのに。」
「…え、てか今のどこがわんなの。」
「分かんねーの?」
「うん。」
「じゃあ今からわんが特別に、や―の良いところを挙げていってやろう。」
「うん。」
「まず、…明るい。」
「うん。」
「一緒に居るとそれだけで楽しくなってくるくらい明るい奴で。」
「…。」
「あいつの下で副部長なんてやってるくらいだから、いざとなれば頼り甲斐のある、やる時はやる男だろ。さすがは次男と言うべきか…まぁわんは、どうせ長男だし末っ子だけど。」
「…それ関係あんの。」
「大あり。わんは嫡子やくとぅ、甘やかされて来てるところあるし。それに比べて上にも下にも挟まれてるやーは少しくらいしっかりしてくるだろ。」
「…そうでもないけどね、謙遜とかじゃなく。」
「…まぁまぁ、でー、次…優しい。…うぁー、裕次郎ってなんかバカみたいに優しいよなぁ、なんなの、やーって。」
「な、なんなのって何なの…。」
「だってお前、自分より周りが大切なのかってくらいわったーにでーじ優しくすんだろ。そういう面で思いやりについてもクリア。」
「…あぁ、そう。」
「しかもこんだけ良い所揃ってて容姿も良いし。」
「なにそれ、ちょー嫌味。」
「嫌味って何だよ、そんなんじゃねーし。…だって、だってお前ぇー、もうやーと結婚したら、目パッチリの可愛い子供生まれてくる事決定じゃねーか!絶対美人!」
「え…、なんか知んないけど今のが地味に一番恥ずかしい。」
「くくっ…、それに。」
「うん…?」
「それに…、さっきみたいな事があった時、傍に居てくれる。自分も辛い思いしたはずなのに、しかもその原因のわんなんか、…好きだって言ってくれるし。」
「だって、好きだし…じゅんに。」
「やーさぁ、それもったいないと思わねぇのか?…何回も言うけど、やーってでーじ良い奴なんどー、なのに…わんなんか、わんみたいな奴が好きとか言ってんの…すっげー、もったいない。」
「もったいない…?」
「うん、もったいないだろ。」
「…凛くんは、もったいないなんてそんなこと思わないくらいに何時も、わんを特別な気持ちにさせてくれるんどー。」
「…。」
「そんな人、今まで会ったこと無いし、これからも滅多に出会えるもんじゃないって思う。やくとぅ、それだけで、そんな人と一緒に居て、好きだって思えるだけで、わんは十分贅沢だと思うしが。」
「…。」
「それに、こんなにたくさんわんの良い所見つけてくれて、知っててくれて、嬉しかった。自分でも気付かなかったし、今まで誰も言ってくれなかった事だよ。教えてくれて、ありがとう。」
「っ…凄いな、やー…、……なんかすごい、バカ。」
「バカって…。」
「良いのか?わんなんか好きで居て…。」
「うん、寧ろ好きで居させてくれてありがとうって感じ。」
「…あんなことしたのに、嫌いにならないのか。」
「うん、全然。」
「…嫌いになれよ。」
「わっさん、それは無理。」
「そっか…。」
「うん。」
「わん、や―が居て良かったって思う。」
そうなんだ、裕次郎って俺が辛い時、悲しい時、何時も傍に居てくれた。
だからこいつが居なかったら、俺はもう少し違う時間の過ごし方をしていたのかもしれない。
悲劇の真ん中に居るみたいにして今ある状況を嘆くような、そんな空しい時間を。
だけど裕次郎のその行動が、言葉が、気持ちが、終わった事を悔やむより、小さな幸せを糧に進む喜びを、その幸せを、俺に教えてくれる。
そうだよ、俺は裕次郎が居てくれて、本当に良かった。