寛とお互いの気持ちを確かめ合ってから、事実上俺たちは“恋人”という関係になった。
寛は俺達の身の回りの事全部面倒を見るから何も心配しないで沖縄に帰って来いと言ってくれたけれど、
それでもしばらくは仕事や葵の学校の手続きなんかの関係で俺達親子ふたりは東京に残らなければならない日が続いた。
それもひと段落ついて、最近ようやく沖縄に帰ってきて寛と一緒に暮らせるようになったのだ。
そのことに葵は相当喜んでいたけれど、俺の両親や職場の同僚なんかはかなり驚いた様子だった。
でもいいんだ、これからは大好きな人の一番傍に居られる。
一生こいつのそばで笑ってるって、絶対に世界一の幸せ者にしてもらうって誓ったんだから。
君達に誓う
「ただいま。」
「お、おかえり寛。」
「ん、良い匂い。」
「んー、今日はゴーヤーチャンプルー。」
「へぇ、ゴーヤー。」
「うん。今はもうゴーヤー食べれるんだ。」
「知らなかった。」
「そうかぁ?…まあ好きにはなれないけどな。」
「ふっ。」
「寛はゴーヤで良かったか?」
「わんは、凛が作った物なら何でも好きだからいい。」
「お、じゅんに?なら毎日ミミガ―サラダにすっけど。」
「…。」
「冗談やっし。」
こんな風に寛が毎日俺の居る場所に「ただいま」って言いながら帰ってくると、
一緒に居るんだって実感してなんだか幸せな気分になる。
俺たちは実際結婚なんてもんは出来やしないけれど、気分だけでも新婚みたいで楽しい。
葵が居るから四六時中イチャイチャしてるってことはない。
でもそれもそれで本物の夫婦みたいでいい感じだ。結構充実した毎日を送っている。
それにこんな事言うと親バカだって言われるかもしれないけど、葵は人より気遣いが出来る良い子に育ったと思う。
タイミングもいいから時々それに助けられていたりもして。
「凛、葵は?」
「んー?そこで…あれ?寝ちゃってるかな。」
「そうか。」
それなら、とかなんとか言いながら寛がチャンプルーを炒めている俺を後ろから抱きしめてキスをくれる。
ただいまのちゅーってやつか。なんだかホントに新婚みたいだな、なんて。
それだけのことで俺がドキドキしているなんて事、バレたら恥ずかしいから料理に集中しているフリをしてごまかす。
それでも二ヤケる頬を止める事は出来なくて。ああ、こんなに幸せな気分になっちゃって本当に良いのかな。
ちらりとリビングの方に視線を移すと、すやすやと寝息を立てている娘を見つけた。
それから本当にタイミングの良い子だな、なんて感心する。
そういやあの時も…。
「葵ー、寝てるのか?」
「ん……あれ…ひろしくん。」
「うん、帰って来たぞ。」
「…寛くん!おかえり!」
「ただいま、葵。」
そうそう、それから俺達が一緒に住むようになってから葵は寛の事を寛君なんて呼ぶようになった。
なんだよ…なんか前よりちょっと親しげじゃん。ま、別に羨ましくなんて…ないけどな。
俺はそうしている内に出来あがったゴーヤーチャンプルーを皿に盛りつけながら、リビングで何やら楽しげに話ているふたりに向かって言う。
「葵ー、ご飯出来たから寛と一緒に手洗って来て。さっきお絵かきしてたし汚いだろ?」
「うん!わかった。」
「今日は葵の好きなゴーヤーチャンプルーだぞ。」
「え!ホントー!?やったー!!寛くん早く行こー!!」
「よし、縮地で行くさぁ。葵、捕まれ。」
「きゃはー!」
相変わらず仲のいいふたりが洗面所に消えていくのを横目でちらりと見送って、
俺は食卓にいそいそと出来あがったばかりのおかず達を並べる。
それから寛はお酒が飲めないから、さんぴん茶。
葵もゴーヤーが好きなくらいだから苦いものは得意らしく、
寛が飲んでいるのを見て私も飲んでみたい!なんて言って飲んだ後、
すっかり気に入ったみたいでいつもふたりしてさんぴん茶を飲んでいる。
だから我が家ではさんぴん茶の消費量は割と多かったりする。
俺はというと、相変わらず苦いものは苦手。
苦いものが全く食べられなかったあの頃に比べると結構な進歩をしたとは思うけれど、
自分から進んでそういうものを食べたり飲んだりしようって気にはならない。
というわけで、俺はいつもシークァーサージュース。
丁度俺が全てのものをテーブルに並べ終わった所で帰って来たふたり。
どこまでもタイミングが良い奴らだ。
よし、それじゃあ食べ始めますか。
「「「くわっちーさびら!」」」
「…パパー、このゴーヤーチャンプルーすっごくおいしいよ!」
「お、じゅんに?」
「うん!じゅんに!」
「ふっ、葵もそろそろこっちの生活になれて来たか?」
「うん。毎日楽しいよ。」
「そうか、それは良かったさぁ。」
最近では葵もたまにこっちの言葉をしゃべったりして、だいぶ沖縄の生活が気に入っていることが分かる。
学校でもそれなりに楽しくやっているそうだ。
これは余談だけど、うちの子は結構モテるらしい。親としては少し心配だけど、良いことだとは思う。
「おい、寛!よそ見して食うな。飯こぼしてるぞ。」
「あいっ!じゅんにやっし。葵と話すことに夢中になってたさぁ。」
「ひひひっ。」
「ほら、ここにもついてる。」
「…。」
「ははー、寛くんパパに怒られたー!…でもなんで赤くなってるの?」
「あ、赤くなってねーらん。」
「葵、それはな、俺が寛の口の横に付いためしを「うわー!なんでもねーらん。」…っぷ。」
「ふーん、そっか。」
「…。」
「そうだ葵、今年もそろそろお前の誕生日だな。」
「あ!ホントだあ!」
「うん。でな、何か欲しいもんとか行きたい所とかあるかなって思って。」
「うーんとね、まずー、サメさんに会いに行ってからぁ、じんじん見に行きたい!」
「なんだよ。それじゃあ去年と全く一緒じゃんよ。」
「うん、いいの!去年のお誕生日はすごく楽しかったから。」
「そっか。じゃあそうすっか。」
「うん!」
そうか、去年の葵の誕生日にはなんだかんだで俺たちの方が色々あった気がするけど…。
でも結果的に葵が楽しんでくれていたならそれでよかったかな。
「あとは?」
「え?」
「あとは欲しいもん無いのか?わんからも何かやる。」
「ん―…なんだろう。…あ!」
「ん?」
「私、弟が欲しい!」
「ぶほっ!げほっげほっ、けほっごほっ…うー…。」
「きゃー!どうしたの?寛くん!」
「おい、寛。大丈夫かよ。」
「んー…、お茶。」
「はい。」
「大丈夫?大丈夫?」
「…なんとか。」
寛が盛大に噴き出した。それも分かる気がする。
だけどあれだな、それは昔から言ってたことだし、俺としてはさして驚くことでもない。
ただ、葵は子どもにしては欲張ることを知らないっていうか、物欲がそこまで無いっていうか、
とにかく普段何か特定のものを欲しがる事をしない子だから、
一度欲しいと思ったものにはとことん執着する。寛しかり、弟しかり。
そう言うわけで、これからもこの子は弟を欲しがり続けるに違いない。
寛だってそのたびにいちいちこんな反応をするわけじゃないっていうのは分かっているし、
まあいいんじゃないか。ほっとけば。
だっていくら無理だって言っても諦めてくれないんだもん、この子。
「あのね、裕次郎くんのおうちの赤ちゃんすっごくかわいかったの!それで私、もーっと弟が欲しくなっちゃった。だからパパ、赤ちゃん産んで。」
「はぁ、…どうやって。」
「どうやって?えー、私わかんない。どうすればいいの?寛くん。」
「う、え、えーと。」
寛がいつかみたいな狼狽しきった目でこっちに助けを求めるような視線を送ってくる。
きっと今回はいくら寛だろうと解決できまい。
「あのな、葵。赤ちゃんが出来るにはまず男と女が「あいっ!凛!」」
「なになに?なんて言ったの?パパ。」
「えー、寛に怒られるからパパ言えなーい。」
「寛くーん…。」
俺は残念そうな顔を作って葵に視線を向ける。
すると葵が何か言いた気な視線を寛に向けた。
それから葵の恨めしげな視線を向けられた寛が俺に恨めしげな視線を向けたから、
なんか変なトライアングルが出来た。
しばらくの沈黙。それから寛は困ったように葵に言った。
「葵ー、わったーじゃだめなのか?わったーが傍にいるだけじゃ不満か?」
「え?…ううん、そんなことないけど。」
「だったら、今年の誕生日はなにか違うものじゃダメかや。一番欲しいもの、あげられなくてわっさん。」
「…うん、大丈夫だよ。私こそわがままいってごめんなさい。私は、…あの、別になにもいらないよ。」
「じゅんに?」
「じゅんに。」
目に見えてしょんぼりしてしまった葵。いつものことだ。
やっと見つけた執着できるものが、手に入らないと聞かされるとこんな風になるのが常で。
聞きわけがいいのは良いことだけれど、少し心配になる。
「葵?大丈夫?」
「え?うん、なんで?私、去年の誕生日に寛くんが欲しいって言ったら本当にずっと居てくれるようになったんだよ?それだけですごくうれしい。だから…、大丈夫。」
そうは言っても強がってるのはバレバレで、案の定言いきる前に葵はうわーんっなんて大きな声を上げながら泣きだした。
まったく、しょうがないな。俺は葵の方に腕を伸ばして抱き寄せると、出来るだけ優しく頭を撫でてやった。
「葵ー、ごめんな。俺は葵から大切なもんいっぱいもらってるのに、いっつも葵が本当に欲しいもの、あげられない。
パパが欲しいものはいつも葵と同じなのに、どうやったら手に入るのか、パパにも分からないんだ。だからお願い、許して。」
「………うん。わたし…パパと、寛くんが、…いつも一緒にいてくれたら何もいらないよ。だから、…泣かないで、パパ。」
「…え?」
泣かないで?泣いてなんかない、たぶん。
念のため確認する。手の甲で目を拭うと、確かにそこには涙の跡がついていた。
そっか、俺も結構悔しいのかな。だってそうだよな。
俺、寛の事すっげー好きだし、それなのにあいつと結婚することも、あいつのために子供を産んでやることもできない。
それが悔しくないはず、ない。
そんな事を考えていると余計に涙が溢れ出てきた。
すると横で静かに俺たちの様子をうかがっていた寛の腕がすっと伸びてきて、
葵を抱きしめる俺ごと包みこめるような大きなごつごつした腕で俺達ふたりをいっぺんに抱きしめた。
それから何かを決心したみたいに言う。
「わん、出来るかどうかは分からないけど、努力はしてみる。
葵の誕生日までってのは無理だ。
いつになるかも分からない。それでも、待っていてくれるなら。」
「え?」
「本当?私にも弟ができるの?」
「まだ分からないやしが。」
「寛。でも、どうやって。」
「今やってる研究が成功したら、出来るかも…しれない。」
「それって。」
「うん、だからまだ分からないやしが、努力はする。」
「寛くん、ありがとう。私、ちゃんと待ってられるよ。」
「うん、にふぇー。ちばるから。」
「うん!」
今やってる研究って言うのは一時的に性転換が出来る薬の事だ。
成功すれば同性結婚が認められている国なんかで、かなり需要のあるものになるらしい。
でもそれって本当にどうなるか分からない。確率で言うと5%にも満たないんじゃないかな。
それでも頑張るって、そう言ってくれるのかな、寛は。
だけど…それでも考えてみたらそれは0%の確率ってわけじゃない。
今のままの全く可能性がないのとは違うんだ。
そう思ったら俺も、なんだかいつまででも待っていられそうな気がしてきた。
寛はきっとやってくれるって、証拠もなく確信している俺が居た。