「ひーろっしくん、手つないでもいい?」
「おお、はい。」
葵と寛と永四郎と俺。4人で蛍を見に行く。
暗い道をひたすら歩くのはやっぱり怖いのか、葵の歩調はゆっくりというよりはもたもたしていると言った方がいいようなペースだ。
その点寛は夜目が利くから、全く何の支障もなく進んでいる。
「葵ちゃん、俺も手繋いで良いですか。」
「え?いいの?」
「え?はい、もちろん。俺が先に聞いたんだから。」
「うん。本当はね、私暗いのちょっと怖いんだ。だから良かったぁ。」
「そうですか。俺たちが居れば何も怖いものは無いですよ。」
「そうそう。変質者だろうと幽霊だろうと永四郎の手にかかれば一発だぜ。」
「んー、変質者については異論は無いですが、さすがに幽霊となると対処しにくいですね。」
「あー、そっちは寛か。」
「なんでわん。」
「だってお前たまに何もないところに話しかけてんじゃん。」
「え!なんです!?知念クンやっぱ見える口ですか。」
「…自分ではわからん。」
「葵も一緒になって話しかけてるところをみると、俺だけ仲間外れらしい。」
「…そんな話してると、なんだか寒気がしてきましたね。」
「永四郎くん大丈夫?寒いの?」
「いえ、気持ちの問題ですので。大丈夫ですよ。」
「そっかぁ。あれ?あそこで蛍見てる人、川の中に入ってる。なにしてるのかなぁ?じんじんつかまえてるのかなぁ?私も行ってみていい?」
「んー?今日はタオルも何もないし、危ないから葵は外で観たほうがいいさぁ。」
「…何の話だ?川の中に人なんかいねーぞ。」
「ひいっ!やめてくださいよ!そういうの!!」
「永四郎ってそういうの苦手なのな。」
「悪いですか。」
「いいえ、別に。」
「あ、居なくなっちゃった。」
「本当やさ。」
「居なくなっちゃったんじゃなくて最初から居なかったんですよ…。」
「だよな。やっぱ何も居なかったよなぁ。」
「はい…。」
なんか、こっちの方が断然怖い思いをしている気がするんですけど。
そんな俺達の気持ちをよそに、葵はもっと蛍がよく見える所に行きたいと言い出した。
「パパー、私寛くんと向こうの方行ってきていい?」
「いや、行くなら永四郎とにしろ。お前らじゃ何か心配。なんか関わっちゃいけないもんと関わっちゃいそうだから。見えない奴連れてけ。」
「…?わかった。永四郎くん、一緒に来てくれますか?」
「ええ、喜んで。」
「うん!じゃあ行ってきます。」
「いってらっしゃーい。俺達ここに居るから。何かあったらすぐ帰って来いよ。」
「「うん、わかったー。」はい、わかりました。」
葵は永四郎の手を引っ張って奥の方へ続く道へ消えて行った。
残された俺達ふたりは、橋の手摺に寄り掛かってところどころに光る明かりに目を向けた。
「…行っちゃったな。」
「うん。」
「考えてみるとさ、こんな風にふたりっきりってのも久しぶりだよな。」
「だーるなぁ。」
「俺、ちょっと去年の事思い出してた。」
「うん。」
「まだ1年しかたってないけど、なんかすっげー前の事みたいに感じるよな。」
「うん。」
「あのときは嬉しかったな。」
「それはわんのほうやっし。」
「いや、俺も相当嬉しかったんだぞ。」
「そうか。」
去年の今頃、俺達はここでお互いの気持ちを確かめ合って。
あの時は本当に驚いた。
寛の気持ちもそうだったし、何より俺自身が自分の気持ちに気付かされてびっくりした。
でも、本当幸せな気分だったな。
「寛。手、繋いでもいいか?」
「うん。」
そう俺が聞けばすぐに差し出される手。それからすぐに口づけが降ってきて。
本当にこいつは、いつだって俺達の一番欲しいものを与えてくれる。
愛しくて愛しくてたまらない。
「凛。」
「ん?」
「かなさんどー。」
「うん、俺も。」
「あのな、」
「ん?」
「もし、もしも本当にあの薬が完成したら、凛は。」
「うん?」
「わんの…。」
「…。」
「いや、やっぱいい。」
「当たり前だろ。俺はお前を今よりもっと幸せにしてやりたいんだ。それに、俺だって欲しい。俺たちの子供。」
「…にふぇー。やっぱり、でーじかなさん。」
「ふふっ。」
それからもう一度降りて来た口づけは、さっきよりももっと深く。
寛の気持ちがたくさん伝わってくるような、幸せな温かみを持って俺のもとに届いた。
ああ本当に、俺は今世界一幸せかもしれない。
* * *
じゃりっ…すたすた…
「永四郎。」
すたっ……すたすた…
「…コホンッ、ただいま戻りました。」
「…ごめん、遠慮させて。」
「いえ、気にしないでください。」
「何往復した?」
「…3往復ほど。」
「うわー、マジでわっさん。しかも葵寝ちゃってるし。」
「ああ、それは全然平気です。」
「重いだろ、変わるぞ?」
「いえ、大丈夫ですよ。」
「そうか、じゃあ頼む。」
「はい。」
「向こうの方がたくさん蛍いた?」
「ええ、まあ…他にもなにか得体の知れないものが紛れていたようですが。」
「…そうか、おつかれさま。」
「はい。」
「うし、そろそろ帰るか。」
「ああ。」
「そうですね。」
「ところでさ、車裕次郎ん家に置いて来たから一回戻らないといけないけど、よかったら永四郎も送るぞ。今日はどこに帰るんだ?実家か?」
「あ、いえ。実のところ、俺もこっちに帰って来る事にしたんです。それで新しい家にはもう家具なども揃えてあって…。なので今日はそちらへ。」
「え!しんけん!?どこどこ?どこに住むの?」
引っ越してきたばかりで場所の名前が不確かだと言うので、永四郎の案内で寛が車を走らせていると、やがて見覚えのある場所の近くに辿りついた。
「え…ここ?」
「はい、そうですね。…なにか問題がありますか。」
「いや、大した事では無いと思うんだけど。ただ、…俺達の家この隣の隣だぞ。」
「え………。」
「いや、すげー偶然だな。」
「そうですね。」
「ま、なにかあったらすぐ俺達の家に来てくれたら良いから。葵にも会いに来てやってくれ。」
「はい、そうさせて頂きます。」
「うん。」
「じゃ、今日はありがとう。」
「いえ、大した事はしていませんので。それより俺の方がお礼を言いたいですよ。ありがとう平古場クン。
葵ちゃんにもお礼を言っておいて下さい。それと、また蛍を見に行きましょうって。」
「おう、起きたら伝えとく。それじゃあおやすみ。」
「はい、ではまた。」
ガラガラッ…バタンッ
今年もまたこのパターンか。
葵と夜の蛍とでは、組み合わせると眠気が生まれるらしい。
それとも毎回予定を詰め込み過ぎるのかな?疲れて寝ちゃうなんてさ。
そういえば、去年の今頃俺達…
思い出してなんだか恥ずかしいようなムズムズした何とも言えない気分になる。
さっきまで永四郎が居たからよかったけれど、俺がバカみたいにそわそわしてる事、気付かれないといいな。
「凛、わんが葵運ぶから、先に玄関開けといてくれないか。…よっと。」
「うん、分かった。鍵は?」
「ポケット。」
「ん。………無いけど?どのポケットに入れたんだ?胸ポケット?…いや、無いな。」
「凛、やーのポケットって意味だ。出る時自分で入れてたあんに?」
「…あ、ホントだ。ははは…。」
だめだ、これじゃあ動揺してんのバレバレ。
でも考えてみろ、俺。今年は寝ているとは言え葵が隣に居るんだ。どうにかなるはずない。
そうだよ、今日は葵をおばーに預けてないし、いつ目が覚めてもおかしくないんだから。
中途半端に寝ちゃったから余計に。
「凛、車の鍵もよろしく頼むさぁ。」
「了解。」
ガチャッ…バンッ…ピピッ
外のぬるい空気で頭を冷やすってのも限界があるけれど、出来るだけ気持ちを落ちつけてから家に入る。
玄関にはいつもきちんと揃えられているはずの寛の靴と、葵のサンダルがバラバラと落ちていた。
それもそろえて寝室へと向かうと、丁度寛が葵に布団を掛けてやっている所だった。
今日は俺も大分疲れたから、湯船入っちゃおうかな。一旦風呂場に行ってから湯船に湯をはる。
「寛ー、先にお風呂入る?」
「ん?凛先に入っていいぞ。」
「俺後でいい。」
「…じゃあ、一緒に入るか?」
「…うちの風呂場ってそんなに広かったっけか?」
「そうでもない。」
「無理だろ、絶対。」
「冗談やっし。凛が先に入ると良い。わんが先に入ったら、お湯がほとんど無くなってしまうさぁ。」
「そっか、そうだった。」
…。
なんだろう、この沈黙。べつに気まずくは無い。
だけどなんとなく居たたまれない気分になって、俺はバスタオルと着替えを持ってさっさと風呂場に向かうことにした。
「じゃあ、俺が湯船に入ったら呼ぶから。」
「ん。わかった。」