こーれーぐーす

とぽぽ…

ああ、またそんなにいっぱい掛けて…。

目の前で無表情にソーキそばへとコ―レーグ―スをかける、そんな寛の様子を見て一瞬食欲が失せた。
そばは好きだ。だけど、あんなに辛くて苦いものを、あんなに大量に投入したそばを、俺が寛のように平気な顔をして食べれるはずがない。
ただでさえ苦いものが苦手なのだから。
なんだか見ているだけで、自分の分のそばまでもが辛く味付けされているのでは無いかと言う気にさせられて、俺は最初の一口を恐る恐る口に運んだ。

「うん、普通だ。美味い。」
「…?」
「な、なんでもない。」

辛くて苦い。…苦しくて辛い。
まるで失恋の痛みのようだと、そこまで考えて今日ここへ来た理由を思い出した。

寛が、また失恋したらしい。

見た目からは想像が付き難いけれど、寛はこれで案外惚れ易かったりする。
背が高かったり、意外に面倒見が良かったり、たまに妙に男らしかったり。
そんな寛に好意を寄せる女子も居ることは居るのだけれど、寛が彼女らを選ぶことは無かった。
なんせ好みのタイプが“一筋縄ではいかない子”だからな。
一体それはどんな子なんだって、こっちが聞きたくなるような趣味をしている。
加えて寛に言いよってくる女子は、なぜかクラスでも可愛いと言われている子ばかりで。
ストレートにお洒落で可愛い子が好きな俺には、寛の思考がさっぱり理解できなかった。
で、今回も全く脈がなさそうな子に惚れたんだろう。
事実、前回の失恋からそう経っていないのに、俺はこうして寛の慰め会を開いているのだ。

実を言うと、俺は寛の失恋の相手をほとんど聞いたことが無い。
寛もあえて言う必要も無いと思っているのか自分からは言ってこないし、俺も俺で無理に聞こうとも思わない。
じゃあ、どうやって寛が失恋したことを知るのかって言うと簡単だ。
部活の帰り道なんかで並んでぼーっと歩いていると、寛が何の前置きも無く突然、「失恋した。」とぼんやり告げてくるのだ。
まあ、俺ももうそれには慣れっこで、最近ではそれを聞いた瞬間家までの経路を変更して、
途中にある適当な店で何か食いながら寛の話を聞く、この慰め会を開くことにしている。
そのおかげか、大抵次の日にはケロリとした様子の寛が俺の家まで迎えに来る。
たまにお礼だとか言って大量に飴をよこしたり、お菓子をくれたり。
なんだ、ハロウィンか。いつからお前の失恋はハロウィン的なもんになったんだ、と思ったり思わなかったり。
まあ、甘いものは好きだから素直に受け取るけども。
とにかく、寛は失恋してもそれを引きずるという事はあまりしないようで、俺は寛が失恋で長々と落ち込んでいる姿を見たことが無い。
それは寛が表情に貧しいからだとか、そのような感情を表に出さないようにしているなんて可能性もあるんだけど。
でも最近俺がよく思うのは、寛は失恋をも楽しんでいるんじゃないかってことだ。
だって寛だし。なんかそれも有り得そうな気がする。
失恋したって一つも悲しそうな顔しないんだからな。
今日だってほら、こんなに普通に……ってあれ?
目頭抑えてどうした?…な、泣いてる?

「…寛、大丈夫か。」
「…ダメ。水とって。」
「ん。」

俺が渡した水を一気に飲み干して、顔をぶんぶん横に振った後寛が言った。

「っあぁー、効いた。思いっきり啜り過ぎて汁が鼻の方まで来た。」

あ、ああ…なんだ。
まあ、あんだけこーれーぐーす入れてて鼻に入ったら痛いでしょうけど。
一瞬本気で心配した俺がバカみたいじゃないか。

「はあ、心配させんな。…で、今日はどうしたんだ?」
「ああ、うん。振られた。…凛君が好きだからって。」
「はあ?また?たっくよお、なんかそれ俺が悪いことしてる気にさせらるからやめて欲しいんだよなぁ。」
「…。」
「あ、別にお前を責めてる訳じゃねーらんばーよ、ただ…お前って見る目無いなぁとは思う。」
「…。」
「それで振られるの何回目だって話だぞ。もっと良い子居るだろ…こう、お前を想ってくれる可愛い子が。」
「…うん、まあ。」
「ちっ。うん、じゃねーらんぞ…だからよ、なんでそういう子ばっか選ぶかな、狙ったように。
…オイ、もしかして、これって俺がモテるのがいけないのか、そうなんか。俺が悪いのか。
ああ、なんかやっぱ俺が悪者みたいな気がしてきたばぁ。はあ…もう。あー…」
「オイ…、オイ…、凛。」
「んだよ。」
「まあ、今回は訳が違うんだ。」
「どう違うんだよ。」
「うん、確かに俺は今まで相手の女の子にお前が好きだと言う理由で振られて来た。」
「ああ。」
「で、俺は考えてみた。凛の、どこがそんなにいいのかって。」
「…なんだよそれ、どういう意味だ。まるで俺がなんか…お前に対して嫌な奴みたいじゃん。」
「…まぁまぁ、他意はない。改めて考えてみたと言う事だ。とにかく聞いてくれ。」
「ああ…、で?」
「で、まず凛の良いところを考えてみた。」
「うん、…お前って恥ずかしい奴だな。」
「…で、思い浮かんだ、いっぱい。」
「たとえば?」
「たとえば?そうだな、凛は美人で、前向きで、人に流されない。男前で、いつも強気だけど意外と涙もろい。
仲間思いで、お年寄りや子供にはやさしい。人の気持ちを良く察してくれて、こんな風に慰めてくれたりする。
お菓子をあげると、喜ぶ。その時の笑顔が、凄く可愛い。」
「っ、ああ…そう。良く見てるのな。」
「うん。それで、次に悪いところを考えてみた。」
「うん。」
「思い浮かばなかった、あんまり。」
「あんまり、ね。」
「うん、完璧な人間なんていないからな。まあ、単刀直入に言って凛の短所はバカだって事だけど、それ以外は特に。」
「おいおい、ちょっと待て。バカってなんだ、バカって。」
「事実を述べたまでだ。」
「う、否定は出来ない。」
「でも、悪い意味だけじゃないぞ。凛は、バカ正直に真っ直ぐだって事でもある。」
「…。」
「で、思った。確かにいなぐにモテるだけはあるなぁって。」
「…。」
「で、惚れた…らしい。」
「ふーん。って、え?何によ?」
「俺が凛を好きだって、だからダメだって。」
「え?ちょっと待て、お前の話、全然意味が分かんねぇ。」
「だから俺が告白した女の子、俺がその子より凛の事好きみたいだから俺とは付き合えないって、そう言った。」
「…は?」
「で、俺も実際そう思った。」
「え、…え?」

話がぶっ飛び過ぎて正直混乱している。
本当に、意味が分からない。

「あぁ…またやってしまった。言わなくてもいい事まで言ってしまった。…明らかに凛、引いてる。」
「…。」
「俺は今日もまた振られるらしいな、ははっ…。」
「っ、」
「それに凛、この前好きな人が出来たって言ってたよな?」
「あ…ああ、まぁ。」

それは寛が鈍感だから言ってみただけで別に…

「だから、今日は二倍コ―レーグ―スを入れてみる。」

…とぽぽ

「ああ、ちょ、ストップ!」
「なに。」
「さっきので十分入ってただろ?さっきの忘れたのか、鼻につーんって。」
「忘れて、無い。けど…辛ければ、辛いほどいい。苦ければ、苦いほど。」
「何でだよ。」
「…思いたくない。」
「っ、どうした?寛。」

突然俯いて小さくつぶやいたと思うと、とうとう寛はぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「この味は、失恋の味に似てると思わないか?」

たしかに、それはさっき俺も思っていたことだった。

「思いたくないんば―よ、こんなに辛い気持ち、苦い思い、全部、失恋の所為とか、思いたくない。
だから、これかけて、このこーれーぐーすが辛い所為だって、苦い所為だって、そう思って、食べ終わったら全部忘れる。
それが、一番早くて、良い方法だって、そう思って、いつもそうやって来た。」
「…寛。」
「でも、今気付いた。どうやら、俺は間違ってたみたいだ。」
「…。」
「いつもすぐに笑えてたのは、凛のおかげだって、気付いてしまった。だから、今、辛い。」
「…。」
「…っ涙が、止まら無い。泣きたくなんて、無いのに。」

寛が嗚咽をもらしながら泣いている。
今までのどの失恋でも、見せなかった涙。
男がそう簡単に泣いて見せるようなものでもないけれど。
きっと、今までのものが一気に溢れ出してしまったんだと、そんな風な泣き方だった。

「っ、っひ、うっ、う。」
「ちょっと待ってろ。」
「う、んっ、ずっ、っ、うっ。」

ガタタッ…

『お会計、1100円になります。』
「2000円でいいですか。」
『はい、900円のお釣りです。ありがとうございましたぁ。』

「ほら、行くぞ。」

未だにずびずび鼻をすすりながら泣いている(というよりさっきよりひどくなっている)寛の腕を引っ張って店の外まで連れて行く。
ただでさえ長身で目立っているのに、号泣しているせいで注目の的だ。
なんだか俺の方が居たたまれなくなって、足早に出口に向かった。

* * *

「えー、寛ぃ。大丈夫かぁ?…なんか俺がいじめてるみたいになんだろ?」
「んー…、ごめんっ、っ、ひっ、ひっ、ひくっ。」
「あー、ダメみたいだな。なんか飲み物、買ってくる。」
「っ、っく、うん。」

店から少し離れた人気のない砂浜に寛を引っ張ってきて、ひとまず壁に隠れて人目に付かないような影に座らせた。
まさか寛があんなに泣くとは思ってもみなかったからかなり驚いたけど。
まあ、思いっきり泣けばいいさ。ここなら俺しか見てないんだし。
俺は砂浜から道路を渡った向かいにある自動販売機でさっきのお釣りをポケットから取り出して適当に入れた。
3枚入れて全部100円だったらしく、ペットボトルのボタンを2回押して、ちょうどになった。
のこりを再びポケットに入れて2本のペットボトルを抱えたら、寛の居る砂浜へと戻る。
その途中で着信を知らせるメロディーがなったので、急いでさっきのとは反対のポケットから携帯を取り出して耳にあてた。

「もしもしー?」
『あ、凛君!よかったぁ、今どこに居るの?』
「ああ、裕次郎か。どこって…自販機の前?」
『それじゃー分かんないよ…。あのさぁ、今外に居るならこっち来れない?なんか、寛が大変な事になってて・・。』
「は?寛?今そこに居んのか?」
『あぁうん、まぁ。たまたま通りかかっただけなんだけどさぁ…。』
「ちょっと待ってろ、すぐ行く。」
『あ、うん。助かる。場所は…

…って、ええ!?早っ!!なんで?」

「あぁ、まぁ。ここに連れて来たの俺だし。ちょっとそこに飲み物買いに行ってただけなんだよ。」
「あ、そうなの?たまたまここら辺ぶらぶらしてたらさ、寛が泣いてて。で、理由聞いても“凛が”しか言わないから凛君に何かあったのかと思ってさぁ。」
「ああ…。」

たしかに、俺が居なくなる前よりさらに泣き声がひどくなっている。

「うーーっ、うっ、うあぁっ、ぐすっ。」
「ほら、これ飲め。」
「う、んっ、ひっく、うー、うっ。」
「どうしたの?これ。」
「いやぁ、これには深い訳が。説明は出来ないけど。」
「…。」
「あのさ、これは見なかったことにして今くらいは思いっきり泣かせてやってくれ。」
「うん、わかった。」

そうは言っても裕次郎はここから動く気は無いらしく、ただ視線を海の方へと向けて黙って立っている。
俺はしゃがみこんで寛の隣に座ると、体育座りして丸められている寛の背中をさすってやることにした。
しばらくそうしているとあたりには寛の泣き声と波の音しか聞こえ無い状態になっていたけれど、突然浜の入口の方から聞きなれた声がした。

「…はあ、探しましたよ、こんなところに居たの、裕次郎。」
「あ、永四郎。」
「うっ、平古場クン、に知念…クン?」
「今、永四郎が裕次郎って…。」
「っ…そんなことより、どうしたの?彼。」
「ああー、まあ色々。」
「平古場クンが泣かせた訳ではないの?」
「そんな訳ねーだろ!(あ、…あるかもしれない)」
「ふーん。まあ、それなら良いけど。何かあったなら、話してみたら?」
「ああー、うん。えーっと。」
「え、永四郎。きっと何か言い難いことなんだよ。俺達は帰ろうぜ、ほら、こっちこっち。」
「ちょ、裕っ、甲斐クン、無理やり押さないでよ、痛い。」
「ああ、ごめんごめん。とっとと行こうよ。」
「うん、わかったから。」
「…。」

裕次郎が珍しく気を使ってくれたので、ふたりが居なくなって静かになった浜辺で、寛の泣き声も啜り泣きに変わっていた。

「すっ、すんっ、ずっ。」

さっき手渡したペットボトルは未だに開けられないまま中途半端に両手が添えられた状態になっている。
力が入らなくて開けられなかったのか。俺は寛の手からペットボトルを奪うとキャップを外して渡してやった。
寛はそれを受け取ると、肩を揺らしてこぼしながらもゆっくり半分くらいを飲み干した。
少し落ちついたらしい寛がペットボトルを俺に返して膝を抱え直した。

「はぁー…ずびっ…。」
「落ちついたか?」
「う゛ん。」

それから顔を膝にうずめていたかと思うと、今度は突然笑い出した。

「はぁー……ふっ、ははっ、くくくくくっ。」
「な、何笑ってんだ?」
「なんか俺、恥ずかしい奴だなぁって思って。」
「…。」
「こんなに泣いたの、久しぶりだ。…泣いたのが、久しぶり。」
「そうなのか?俺も寛があんなに泣くとは思ってなかったから、すっげービビった。」
「うん。俺、ダメなんだ。一度泣くと、止まらなくなる。昔からそうで、だから泣くのは嫌だったんだけど。」
「ああー。」
「でも、すっきりした。」
「うん。」
「ありがとう…それと、ごめん。」
「ああ、気にすることねーよ。もともと俺が泣かせたようなもんだし。」
「あ…。」
「え、ちょ、また泣き出すのか?やめろ。」
「もう、泣かないけど。…それより、凛を気まずい気分にさせてしまったと思って。」
「俺?」
「こんな大泣きした後に言ってもなんか悪い気がするけど、俺ははもう大丈夫だから今言われても平気。いや、今言ってほしい。………振るなら、今振って。」
「あ…え?今?」
「うん、今。今言ってくれた方が、かえって楽になる気がする。」
「じゃあ…、」
「ん?」
「…振らない、場合は?」
「…振らない、場合?」
「うん。」
「…遠慮は、いらない。諦めは、着いた。」
「遠慮じゃなくて、本当に。」
「な、なに言ってんだ。…いいから、早く。」
「俺は、お前を振らない。」
「な、なんで。」
「俺も、お前が好きだから。」
「………は?」
「は?ってなんだよ、は?って…人が折角…。」
「で、でも、凛は好きな人が出来たって。」
「だからー、それはお前に気にかけてもらえるかなぁとかそういうアレで…って恥ずかしい事暴露さすな!とにかく、俺は寛の事が前から好きなの!」
「え…。」
「んだよっ、悪いか!」
「わ、悪くない。」
「だからよぉ。」
「…凛、顔真っ赤だ。」
「うるせぇ、お前だって目真っ赤だろーが!…ぶはっ、ひでー顔っ。あははっ。」
「くすっ、凛が泣かせたんだ。くくくっ。」
「…。」
「…。」
「寛、目瞑って。」
「え?」
「いいから。」

素直に腫れたまぶたを閉じた寛の顔に、自分の顔を寄せていく。

『あっ!』
『裕次郎!しっ!』
『うおっ。』
『ちょ、わっ!』

どしゃあっ…

あとちょっとでお互いの唇が触れそうだって所で、思わぬ邪魔が入った。
…そうだ、裕次郎があんなにすんなり帰って行くはずがなかった。
それに永四郎まで…二人してのぞき見とはね。

「ふーん、いい度胸だな、お二人さん。」
「ひいっ、り、凛君!?折角の美人が台無しやだよ。」
「黙れっ!永四郎、まさかお前まで一緒になってこんな事するとはな。」
「ぅ…すみませんでした。」
「ここで見たものの一切、絶対他の奴らには言うんじゃねーぞ。」
「「は、はいぃ!」」
「寛、帰ろうぜ…ってあれ?」

振りかえると、恥ずかしさのあまり逃走を図った寛が早足で随分前の方を歩いているのが見えた。
俺は2人をキッと睨みつけると、急いで自分の荷物をひっつかんで縮地で寛を追いかけた。
今度は誰にも邪魔されないように、勢いよく寛のシャツの襟元を引っ張ってキスをする。
…なんだか、切ない味がした。

「ん、まずい。今度から、こーれーぐーす禁止な。」


次の日、のぞき見の罰として裕次郎にはゴーヤの刑、永四郎には世界の怖い地震映像集の刑を与えました。


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