「知念クン、次選択教科でしょう。一緒に行きませんか。」
「ああ、うん。ちょっと待ってくれ。」
「ええ。」
「…おまたせ。」
「それじゃあ行きましょうか。」
「うん。」

目的の教室へ向かって、並んで廊下を歩く。

「…知念クン、25ページの文章はどのように訳しましたか?」
「…25ページ?」
「ええ。」
「…どこだ?」
「…ええと、最後の一文ですね。」
「ああ、…もしかするとあの鳥は、で始まるところか。」
「ええ、そうです。」
「ええと…そこは、もしかするとあの鳥は、…あの、…とりは…。」
「?どうかしましたか、知念クン。」

どこから迷い込んだのか、窓もないガラスの壁に何度も何度も向かって行っては、そのたびに跳ね返されている鳥を見た。
そこに壁があることに気が付かないのか、それともその事実を信じることが出来ないのか。
鳥はいつまでも同じことを繰り返す。
見えない壁って、もしかするとこういう事を言うのだろうか。
その向こうに見えている世界に飛び立つには、その壁を壊すか、1歩下がって他の道を探すか。
どちらにせよ、あせって必死に自分を追い込んでいる、あの鳥には考え付けそうにもない選択肢達だった。
あんなに高くに迷い込んで、一体誰が助けられると言うんだろう。
差し伸べようとする手にも、きっと気が付けないで居るんだろう。

迷い鳥

「ああ…なんだか可哀想ですね。」
「…。」
「でもあんなところじゃ助けられそうにありませんね。窓もないですし。」
「…。」
「残念ですが、あれはあの鳥が諦めるまで待つしかないようです。」
「ああ。」
「行きましょう。もうすぐ予鈴もなりますよ。」
「うん。」

再び次の英語の教室に向かって歩き出した俺達は、けれどすぐに知念君が立ち止まったことで、再び足を止めることになった。

「…どうしました、知念クン。」
「…俺、忘れ物した。永四郎、先に行っててくれないか。」
「え…はい、分かりました。」
「ごめん。」
「いえ、気にしないでください。」

そのまま遠のいて行く後ろ姿。それでもちっとも小さくならない広い背中。
大きな心を持った彼の、大きな手。その手に何度救われて来ただろう。
きっとまた、彼は悩める小さな生き物に救いの手を差し伸べる。
お人好しだなんて皮肉の交じった言葉じゃ到底呼べないような、きれいな心を持って。
彼はたぶん、いや絶対に、迷い込んだ所がどんな場所であっても、何度同じように作られた壁であったとしても、
いつだって壁の向こう側、クリアな世界へ俺達を解き放ってくれる、そんな温かな存在だ。

「…25ページー、誰か訳せる奴いるかぁ。」
「…。」
「知念ー。…居ないのか、どこ行った、あいつ。」
「忘れ物を取りに行っています。」
「そうか。じゃあ木手、お前訳してみろ。」
「はい。」

教室の窓から見える屋上に、空に向かって両手を広げる人影が一つ。
よかった。またひとつ、小さな悩みが彼によって大きな空に解き放たれた。

「もしかするとあの鳥は、僕だったのかもしれない。」



とてーもとても短いお話、失礼しました。私がついこの間みた、鳥さんのお話です。
その鳥さん、窓のないガラスに何度も体当たりしていて、見ているこっちが痛々しい気分になるような可哀想な様子でした。
通りかかる人もかわいそうだとは思いつつ、どうしていいのか分からないで結局助けられずに通り過ぎていました。
でも私が次にそこを通った時その鳥さんは居なくなっていたので、きっと誰か心の優しい人が助けてあげたんだろうと思います。私も凄く安心しました。
知念君ならこんな時、絶対に助けてあげるだろうと、訳もなく確信しております。
それでは、ここまで読んで下さった方、ありがとうございました^^

back/top