エメラルドグリーンに光る海を眺めながら、今年もこうしてあいつを待っている。
去年も、一昨年も、俺はこの場所で同じように同じ人を待っていて、その2回とも、同じ事を言われた。
だけどまさか、今年もあいつが俺をこんな風に呼び出すなんて思ってもみなかった。
去年の自分がした馬鹿なお願い事は、あいつにとってひどく酷な事であったから。

緑の、風が、吹く場所


「ひろしーっ!ごめんっ!…はぁっ…、はぁっ…、こんな日に限って木手に用があるとか言われて…。」
「うん、大丈夫。」
「ごめん。」
「うん。」
「…。」
「…。」
「…あのさ、寛。」
「ん?」
「寛この前、俺に誕生日プレゼントは何も要らないって言ったじゃん?」
「うん、言った。」
「でもやっぱり俺、何か寛にあげたいんだ。」
「…。」
「だから何か、欲しいもの言って。」
「………何も要らないよ」。」
「物じゃなくても、俺にして欲しい事でもいいから。」
「それなら、こうして祝ってくれる気持ちだけで十分だ。」
「でも…そんなのじゃ俺の気が済まないよ、もっと特別な何かが良い。」
「…。」
「なんでもする。」
「……………だったら。」
「うん?」
「好きって言って。」
「…え?」
「どんなのでもいいから。友達としての好きでも良いし、人として好きっていうのでも良いし、とにかくなんでも良いから好きって言って欲しい。」
「…好きだよ、寛。」
「…やっぱり、無し。今の無し。」
「は?何で?」
「やっぱり、どんなのでも良いって訳じゃなかった。…1回で良いから、俺のこと好きって聞きたい。心が篭ってるやつ。」
「…。」
「…。」
「寛、かなさんど。」
「うん、…ありがとう、裕次郎。」
「…なぁ、寛。」
「ん?」
「やっぱり俺達、付き合おうよ。」
「それは無理。」
「なんで。俺は男同士とか、気にしないよ。」
「気にしなきゃダメだ、裕次郎はまだ女の人が好きになれるんだから。」
「なれない。」
「なれる。」
「なれないよ、もう寛の事しか好きになれない。」
「そう思うのは、今だけだと思う。」
「違う、今だけじゃない。」
「裕次郎は、男同士で付き合うことの意味、分かってない。」
「分かってるよ、そんなの。」
「俺は我侭だから、自分を一番に大切に思ってくれて、ずっと一緒に居てくれる人としか付き合いたくない。
だから、もしも裕次郎が今俺を選んでしまったら、これから先ずっと、俺と一緒に居てくれなきゃダメなんだぞ。」
「うん、そばにいるよ…ずっと。」
「…結婚も出来ないし、家族も作れないのに?俺は裕次郎に、そういうことを強要させるのは嫌だ。
裕次郎には、普通に女の人と恋愛して、結婚して、家族が出来てって…そういう幸せがあるはずなのに、それを俺の手で壊すのは嫌なんだよ。」
「…なんでよ、俺はそれでもいい。」
「今だけの気持ちで物事を決めたら後で後悔する。裕次郎のそういう姿を、俺は見たくないから…だからごめん。」

裕次郎のものにはなれないと決めていたはずなのに、馬鹿なお願いをしたと思った。
裕次郎の告白を断ったのはこれで2回目で、けれどこれほど残酷な仕打ちをされるような事を、裕次郎はしていなかった。
こんな風な、自分でも後から思い出して後悔するような振る舞いをした去年の誕生日から、裕次郎は俺に対する好意を見せなくなっていた。
だから俺は、全て終わったのだと思っていたのに。

「ひろしーっ!………はぁ…、はぁ…、ごめん…、こんな日に限って副部長の仕事があるとか、言われて…。」
「うん、大丈夫。」
「ごめん。」
「うん。」
「…あのね、寛。」
「ん?」
「俺、この間寛に誕生日プレゼントに何が欲しいって聞いたの覚えてるよね?」
「うん。」
「その時寛、何も要らないって言ったじゃん?」
「うん。」
「それで俺、、プレゼントには物じゃなくて何か、自分に出来る事は無いかって考えたんだ。」
「うん。」
「それで、寛に見せたい景色を見つけた。…一緒に行ってくれる?」
「…うん。」

裕次郎は、今年もこうして変わらずに俺の誕生日を祝ってくれるという。
俺の1歩前をゆっくりと歩く裕次郎についてやって来たのは、丘の上の見晴らしの良い場所だった。
夏の風が吹き抜けて、この場所にたった一本、颯爽と枝を伸ばすがじゅまるの葉を揺らしていった。
目を閉じて、堂々とそびえる精霊の木にそっと手を伸ばして触れる。
不思議と、鼓動が伝わってくるようだった。
俺などでは到底及ばない様なこの大きな木が幾年も昔から見てきた風景を、裕次郎は俺に見せたいと言う。

「寛、見て…海の方。」

裕次郎の声に、顔を上げて海の方へ視線を移した。
そこに広がるのはいつもの町の風景と、海と、空とで。
けれど黄昏時の海に沈んでゆく太陽の創り出す赤と青に挟まれた緑には、息を呑むほどの美しさがあった。
それだけでこの場所に生まれた幸せを感じるほどの幻想的な風景に、涙が出そうになる。

「綺麗、でしょ?」
「…うん。」
「最初にこの風景見たとき、涙が出そうになった。」
「うん。」
「…寛と一緒に、この景色見たくて。」
「うん。」
「だから今日、一緒に来れてよかった。」
「…うん。」

「…寛、言いたい事がある。」
「………うん。」
「好きだ。」
「…。」
「すごく。」
「………それは、去年も、」
「分かってる、でも今日くらいは言わせて欲しい。」
「…。」
「俺、寛と出会えた事自体が奇跡みたいなものだって信じてるんだ。」
「…。」
「だから、寛が生まれた、奇跡の始まったこの日なら、もう一度奇跡が起こせるような気がする。」
「…。」
「だから決めたんだ、俺は寛に何回断られたって、そんな事で諦めたりしない。一年に一度のこの日には、絶対に、何回だって寛に好きだって伝えるんだ。」
「…。」

“いつか起こる、奇跡の為に。”

「……………………くくっ…、バカだなぁ…。」
「…寛?」
「どうせ裕次郎は、すぐに飽きるだろうと思ってたんだけど…。」
「そんな訳、無いよ。」
「うん、今分かった。」
「…。」

どうせいつかは起こる奇跡なら、それを運命と呼んだらどうだろう。
俺達がどうしたって離れられない運命で繋がっているというのならば、迷わずこの手をとってゆける。

「誕生日に何かあげたいってあれ、まだ有効?」
「うん。」
「だったら来年も、一緒にこの景色が見たい。」
「うん。」
「これから先ずっと、裕次郎に隣に居て欲しい。」
「うん。」
「…裕次郎、俺のものになって。」
「…うん。」

草木を揺らす緑の風が吹くこの場所で、誰かの声が聞こえた気がした。
緑の濃くなる空の下、誓い合う俺達をあの多幸の木だけが見ている。



back/top