失態だった。
いくら驚いたからと言って慌てて駆け出した挙句あんなに派手に転ぶとは。
そもそもうっかりあいつの家の前を散歩ルートに入れていたこと自体が問題だった。
おかげで今まで避けてきた他人との接触をあんなに間近で図ってしまった。
しかも相手は友人、それもひどく近しい仲の。
「りーんりん、おっはよーっ!」
「…きもっ。」
「うわ、ひっどー…挨拶も返してくれないし。」
「はいはい、おはようさん。」
「…ん、凛くんどうしたの?その傷。」
「っ…。」
「ねぇ?」
「あ?あぁ、なんか昨日…引っかかれた、猫に。」
「えー、マジで、最悪じゃん。」
「あぁ、まぁ、な。」
とはいえこいつはあの時のアレが俺だったことに気付いていないようだから、
その点は不幸中の幸いかもしれない。
昨日も昨日で思わず笑ってしまうような片言の英語で話しかけてきていたし、
とりあえず外人に間違われているなら好都合だと乗っかってみた。
俺だって英語は大大大嫌いだけど、ありがとう位はちゃんと書ける、ハズ。
…帰ってから一応スペルの確認はしたけど。
「凛くんの手、せっかく綺麗な手なのに。」
「っ…!?」
唐突に昨日怪我した俺の左手を取って、裕次郎がそんなことを言った。
驚いたのと、バレるかもしれないという焦りで咄嗟に手を引っ込める。
そんな俺の反応に、裕次郎はきょとんとした顔で俺の目をじっと見た。
「…なんか凛くん、顔赤い?」
「んなことないだろ…裕次郎の気の所為だ。」
「あ、もしかして照れてんの?でも凛くんの手綺麗だと思うよ、真面目に。」
「意味分かんねーよ、もういいって。」
「へへっ。」
照れたとか以前にお前、誰にでもそんなこと言ってんのかよ。
「えー、裕次郎。」
「ん?」
「…お前、アホじゃねえ?」
「はぁっ!?」
「…あ、ねぇ、ちょっと、誰かメイク落としのシートとか持ってねぇ?」
『え。』
『あ、私持ってるよ。ちょっと待って……………はい。』
「おう、さんきゅ。」
『いいえー。』
「…ほら、その手に書いてあんのこれで消えっから。」
「え?…あぁ、うん?ありがと。」
結局放課後にもう一度確認してみても、裕次郎はそれを消していなかった。
昨日俺がアイライナーで書いた、ありがとう。