『ねぇ、凛くん。』
『ん?』
『・・・俺さ、・・・今日でさ、あの子に会うの最後にしようと思う。』
『・・・え?』
『うん、もう決めた。』
『けど・・・。』
『もちろん、ちゃんと言うつもりだよ、ホントの気持ち。・・・だから今日、来てくれるといいなぁ。』
『・・・もし、来なかったら?』
『そしたら終わり、ぜーんぶ、終わりにする。』
『っ、・・・・・・・・・気持ち、伝えないでか?』
『うん、もう決めたんだ。・・・だから来なかったらそれは、たぶん神様が言っちゃダメって言ってるんだと思う・・・へへっ。』
『・・・・・・・・・・。』
今夜俺は、行かなければならない。
裕次郎に会いにいく、それだけのことがあんなにも嬉しくて、楽しくて、心が弾むように軽くなったはずなのに。
・・・だからだな、だから余計に、今日は踏み出す一歩一歩が鉛のように重たかった。
告げたら最後、すべてが終わる。
けれど言わなければならない、本当のこと。
足は動きを止めては元来た道を引き返そうとする。
けれどこのまま何も聞かず、何も知らせずに終わらせる方が、本当のことを伝えずに終わるよりも遥かに心苦しく思われた。
2階の窓から手を振る裕次郎は、いつもよりぎこちない笑顔を俺に向けている。
* * *
「ねぇ、今日はちょっと、真面目な話をするけどいいかなぁ?」
海に着いて早々、かろうじて波音に消されない程の小さな声で裕次郎が切り出した。
言いたいことは最初から全部わかっている、わかっているから辛いのに。
「俺、好きな人がいるんだ。」
裕次郎は迷いのない口調で、初めから堂々と結論を言ってのけた。
それは思っていたよりも心臓の奥深くにまで突き刺さり、上手く呼吸ができなくなるほどに俺を苦しくさせる。
「綺麗なんだ、今まで俺が見てきたモノの中で、一番。」
「そして、優しくて、話を聞くのが上手で、笑顔が可愛くて、いつも俺の心をあったかくしてくれる。」
「その子はずっと、俺のそばにいてくれた。」
「なにも言わずに一緒にいてくれた。」
やめて欲しかった。
聞きたくない、本当はそんな話。
裕次郎がどんなに彼女を思ってたって、届かない想いは増えてゆくばかりで。
結局どんな答えを出したところで結末は同じなのだ、こうなってしまった以上。
誰の思いも届かない、そんな悲しい場所にしか行き着けない。
後悔は痛いほどにしてる、本当に。
「本当のこと言いたかったはずなのに、なにも・・・言わないで。」
なぁ、裕次郎・・・
「今も、・・・。」
ごめんな。
「好きなんだ。」
あぁ、本当に・・・
「好き・・・。」
―好きだよ、凛くん―
・・・・え、・・・・・・・?
その瞬間、世界から音が消えた。
すぐそばで踊る波の音も、忙しなく通り抜けてゆく風の音も、
ついさっきまで頭の中でごちゃごちゃと喚き立てていた煩わしい声達も、皆一瞬で何処かへ行ってしまった。
考えもつかなかったのだ、裕次郎が全てを知っていただなんてこと。
そこには確かに、想像もつかない結末が待っていた。
「驚かせてごめん、知ってたんだ・・・全部。」
真剣な眼差し、恋する瞳、その全てが今、彼女ではなく俺自身に向けられている。
その事実は、動揺よりも涙を誘った。
「ねぇ、凛くん・・・。」
本当に?
本当のほんとなの?
問いかける瞳に答えるように、裕次郎が力強く頷いた。
駆け出した足音は砂浜に、音もなく吸い込まれていく。
飛び込んだ先にようやく触れることの出来たぬくもり。
その瞬間、俺は“彼女”が泡となって消えていくのを感じた。
月の光が煌々と降り注ぐこの砂浜で、俺たちの間にはもう、彼女は存在していない。
くしゃくしゃな笑顔で見つめ返せば、自然とお互いの唇が触れ合った。
そのキスで、魔法は解けた。
取り戻した声で一番最初に言いたかった言葉。
きっともう、届いているはず。