色っぽい。
そんな単語が自分の頭に浮かんだ事自体がすでに驚きであったのに、その相手が慧君だったから余計に訳が分からなくなった。
こういう言い方は失礼かも分からないけれど、正直な話俺は彼がその単語からは程遠い、
と言うより正反対の位置に居る存在だと認識していたし、自分自身今までにそんな感情を抱いた事が無かったので咄嗟の事でかなり焦った。
そうは言っても初めて感じた気持ちなのにその単語意外浮かんでこなかったし、それがぴったりと当て嵌ってしまったんだから仕方が無い。
お味はいかがでしょう
「慧君、とぅしびかりゆし。」
「おぉ、にふぇー寛。」
「うん。プレゼントなんだけどよぉ、食べ物だから家に置いて来てて…部活が終わってから渡しに行くのでいいかやぁ?」
「お、何かくれるのか。楽しみやっさぁ。もしあれだったらわんが寛の家に来るのでもいいぞ。何回も行ったり来たり大変あんに?」
「あ、いいばぁ?」
「うん。」
「にふぇー、じゃあ部活の後待ってて欲しい。」
「わかった、楽しみにしてる。」
「うん。」
『よう田仁志ー、わんの佐世保バーガー割引券むーるやる。』
『お、にふぇー。』
『ちなみに凛君が言いたかったのはとぅしびかりゆしってことね。
はい、わんからはコーラ。買ったばっかだからまだひじゅるさぁ。』
『うん、にふぇー。わんコーラでーじ好き。』
『うん、知ってる。だから買ってきたんばぁ。』
『そうか。』
『慧君アイスも好きあんに?帰り買って帰る?わん奢るけど。』
『お、いいのか?…あ、でもやっぱ他の日でも…。』
『ん?まあ別に良いけど。何かあるんばぁ?』
『うん、ちょっと。』
『ふーん、そっか。』
『ちょっと君達、そんなところに固まられたら他の人が入れなくて困っていますよ。』
『あ、わっさん。』
『田仁志クンおはようございます。それとお誕生日おめでとう。はい、ゴーヤ。これ俺からのプレゼントです。』
『あ…にふぇー。』
『冗談ですよ。本当はこれ、クッキー。おいしいらしいです。』
『にふぇー永四郎。』
『うん。早く準備するんですよ。君達もね。』
『うん。』
『んー。』
『へーい。』
『あいっ!とも君、わん木手先輩とかぶった。』
『まあいいんじゃないか?それやーの手作りなんだろ。』
『そうだけどさ、いいかな?あんな高そうなの貰った後に。』
『慧君ならそんなの気にしないって言ってくれるはずさぁ。』
『そう?じゃあ渡しに行こう。』
『うん。』
『田仁志先輩、これ。クッキー…えと、作ってみたんですけど。』
『お、しんけん?うれしいばぁ。にふぇ、新垣。』
『はい!』
『これは、わんから…なんか良くわからないけど、チョコレート味の…アレらしい。よくわからんけど。
なんか面白そうだから買ってみたんだけど、わんもなんだか良く分からない。』
『…なんだか分からないアレって…?ま、まあとにかくにふぇ知弥。』
『うん。』
皆示し合わせた訳ではないけれど、やっぱり“慧君の誕生日には食べ物”というのが暗黙の了解になっていて、
今回も彼にプレゼントを渡した者の大半が食べ物を持ってきている。
まあ俺も例にもれずそうなった訳だけれど、皆のように持ってこれない訳はそれがケーキだからだ。
なんだか一人で張り切っているみたいで今更少し恥ずかしくなって来た。
別に、そういうんじゃないけれど。
ただ、慧君は質より量かな、とか…そんなんで作ってみた…だけ。
…い、いや、手作りだからって別にそう言うんじゃない。断じて。
「えー、寛。」
「わっ!」
「わって…なにぼーっとしてるんばぁ?もう皆着替え終わって居なくなったさぁ。
やーも早く着替えろよ。今日わんと組むんだろ?やーが遅かったらわんでーじ暇さに。」
「あ、ああ、わっさん凛。」
「んー、いいから早くしれー。」
「うん。」
「…寛ぃ。」
「んー?」
「やー田仁志にぬーあげたんばぁ?」
「ああ、まだあげてないやしが。一応、ケーキ。」
「ケーキ!?」
「う、うん。やっぱりなんか変かや?張り切って作ってるみたいに思う?」
「し、しかも手作り。」
「あ、うん。その方が買うより安いし、ワンホールあげれると思って。」
「あー。まあいいんじゃねーの?喜んでくれるだろ。」
「そっか、そうだと良いけど。」
「大体あぬひゃーが食べ物貰って喜ばない訳が無いさぁ。」
「…そうだよな。」
凛は手作りって言葉をやけに強調して言った。
もちろんそこには信じられない、という意味が込められているのだけれど。
じゃあもしここで俺が、今回ケーキを作るためにレシピを買ってしまったんだとか、
実は一回失敗して妹に手伝って貰ってようやく完成した2個目のケーキを慧君にあげるんだとか、
そんな事を言った時にはどんな反応が返ってくるんだろうか。
凛の事だから、また何か余計なおまけをつけて皆に広めるに違いない。
何度も言うけれど、別にそういうんじゃない。決して。
* * *
部活後、部員達はそれぞれ着替えを済ませて順に帰ってゆく。
今日はもう10月も終わりだというのに夏が返って来たかのように暑い一日だったから、
皆糖分や冷たいものを求めて寄り道していくようだった。
「あー、でーじあちさん。甘いものが食べたいばぁ。」
「だからよぉ、わんがアイス奢ってやるって。なあ、凛君。」
「あー、まぁ今日この後寛の家に行くんだろ?だったら裕次郎がわざわざ奢らなくても甘いものが手に入るさぁ。なあ、寛。」
「え?あ、ああ、うん。」
「お、じゅんにー?楽しみさぁ。」
「うん。わんは準備出来たけど…慧君はもう行ける?」
「おう、ばっちりやっし。」
「じゃあ、凛と裕次郎最後だから鍵頼むばぁ。」
「げ、凛君がふざけてるからっ!」
「んだよ、最初にちょっかい出してきたのやーあんに?」
「もー!」
「もーじゃねえ、もーじゃ。」
「むぅ。」
「かわいくねぇーんだよ!」
「…とにかく、鍵ここに置いてあるからな。」
「んー。」
「うぃー。」
・
・
・
「慧君、荷物一つ持とうか?」
「ああ、大丈夫さぁ。むーる食べ物やし、全然苦にならん。」
「ははっ、でもやっぱ1つくらい持つさぁ。」
「おお、にふぇー寛。」
「慧君、ケーキは好き?」
「ケーキ?うん、アイスの次位に。」
「お、それ結構好きってことあんに?」
「だーるな。」
「ならよかった。」
「あ、ケーキくれるんばぁ?」
「うん。」
「おお、ラッキーやっし。どんなケーキ?」
「ええと、チョコのやつ。」
「おー!」
「好き?」
「でーじ!」
「そうか、それにして正解やっし。」
「うん、だったら早く行こうぜ!」
「あいっ、ちょっと待って慧君、そっちじゃない。」
* * *
「…。」
とりあえず慧君がチョコレートケーキ好きで良かったなぁ(まあ慧君が嫌いな食べ物を見つける方が難しそうとかは今は置いておくとして)
と思いつつ、家に着いて冷蔵庫から箱入りの大きめのケーキを取り出して慧君の前に差し出したのだけれど、慧君はなんだか黙って見ているだけで一向に何も言わない。
さっきまでテンション高く俺の家までの道を急かしていたのに、急にそんな反応をされるとなにかしでかしたのかと心配になって来た。
「ワンホール…。」
そういうことか。
きっと彼はケーキといっても切って売られているような、普通のチョコレートケーキを1、2切れくれるということを想像していたに違いない。
それを中を見なくても分かるような大きな箱に入ったホールケーキを突然目の前に出されたもんだから、なにを言っていいのか分からなくなってしまったんだろう。
「ああ、うん。」
「…。」
「慧君ならむる食べてくれるかと…思って。」
「…。」
「…なんか、まずかった?」
「寛ー!!」
「わっ!」
「やー、やー最高!もちろんむるかむんさぁ!開けていいか?」
「う、うん、いいよ。」
「おお!しかもでーじうまそうやっさ!」
「そ、そう?良かったら今食べてっても良いやしが。」
「お、じゅんに?じゃあそうする。」
「うん、今フォークとか用意するから。」
「にふぇー!フォークだけでいいさぁ。
わん、こんくらいの大きいケーキをワンホール直接フォークで食べるのが夢だっんばぁ。」
「ぷ、ぬーやがそれ。じゃあはい、フォーク。」
「うん、くわっちーさびら!」
「うさがみそーれー。」
思ったよりも喜んでくれた事が嬉しくて自然と頬が緩んだ。
それと同時にさっきまで考えていた色んな心配事が一気に吹っ飛んで何処かへ行った。
でも、問題は味だ。
いくら喜んでくれたとは言え慧君はまだ一口も食べていない状態なのだし、ここでまずい、とかなったら台無しだ。
俺は慧君が最初の一口を口に運ぶのを、固唾をのんで見守った。
カチャ、フォークが歯に当たる音がした後、何回か租借されたケーキがゴクンと音を立てて慧君の喉を通っていく。
「…。」
「…。」
「どう…かや?」
「…寛、…このケーキ食べた事あるか?」
「え?………無い。」
「ちょっとフォーク持ってきて食べてみ。」
「…うん。」
俺は言われた通り大人しくフォークを食器棚の引き出しから取り出してテーブルに戻る。
そんな真剣な顔でそんな事言われたって事は、…まあそういう事なんだろうけど。
初めて作ったものなんだからしょうがないと自分に言い聞かせつつも、やっぱり落ち込まずにはいられない。
慧君がやけにじーっと見つめてくる中、俺は自分で作ったケーキを恐る恐る口に運んだ。
「…寛ー!!でーじまーさんあんに?これどこで買ったんばぁ?
高かっただろ。わんこれだったら三食ご飯に出てきても文句言わん!」
「ぐっ!!…ん〜っ、げほ、げほ、げほっ。」
「あ、わっさん!大丈夫かぁ?」
俺がケーキを口に含んだ瞬間に、じーっとこちらの様子を眺めていた慧君が突然大きな声でテンション高めに騒ぎたてるものだから、
びっくりして殆ど噛んでもいないケーキを丸ごと一口飲み込んでしまった。
それも何か変な器官へ入ったらしく、俺は盛大に咽かえる。
コップに水を一杯に汲んで一気に飲み干すと、やっとのことで治まった。
「はぁっ、はぁっ、しかんだ。…死にそうになった。」
「わ、わっさん。」
そう言って慧君は俺の背中をさすってくれながらも、右手ではちゃっかりケーキを口に運び続けている。
「いいけど…それ、うまい?」
「うん、でーじまーさん。」
「…よかった。」
「どこで買ったんばぁ?」
「ええと、作った。」
「は?」
「わんが…作ったん…だけど…。」
「え?」
「え?」
「えぇえぇぇ!!寛ー、やー天才どー!」
「そ、そうかやぁ。」
俺が作ったと聞いたら、「じゃあもうこれと同じケーキは食べれないんだな、味わって食べる。」って、
そう言って、慧君は本当においしそうにケーキを食べてくれる。
そんな心遣いに感激しつつ、おいしいと言ってくれた事にホッとしてみる。
「ほれ、さっき味わからんかったさに?もっとかめ。」
「ああ、うん、にふぇー。」
確かに、思っていたよりも疲れた体にじーんと来る味をしている。
自分で言うのもなんだけれど、初めて作ったにしては上出来だと思う。
まあ、1回目は失敗している事を考えると妹のおかげであることは間違いないのだけれど、
そこはあえて目を瞑って欲しい。なんにせよ、ここまで褒められて悪い気はしない。
「寛ー。」
「ん?ぬーやが慧君?わたみっちょーん?」
「ううん、そうじゃなくて口。」
「ん?」
「付いてるって。」
そう言ったかと思うと大きな手が伸びてきて、俺の唇の横あたりを拭って行った。
それから慧君は指に付いたそれを何の戸惑いも無く舐め取ったのだけれど、
その時の口元に浮かべた挑発するような笑みだとか、赤い舌先が指に絡みつく様を、煽情的だなんて思ってしまった。
…慧君が、ねぇ。
それから何事も無かったようにケーキを食べることを再開する慧君をなんとなしに見ていたら、不思議そうな目で見られたのでハッとして目をそらす。
それからカシャンと音を立ててフォークを流しにあったたらいの中に放って荷物を自分の部屋に運んだ。
「慧君、無理してなまむるかまなくても良いさぁ。」
「ああ、うん。じゃあ残りは家でかむん。」
「うん、送ってくさぁ。」
「あ?それじゃあわんがここに来た意味ねーらんばぁ。」
「うーん、ケーキの分が少し軽くなった。」
「…。」
「まあまあ、わんも自分の荷物無いからプレゼント運ぶの手伝うし。」
「そうか、じゃあ頼む。」
「うん。」
・
・
・
「寛、わざわざ送ってくれてにふぇー。」
「うん。あんせー、また明日。」
「うん、気をつけて帰れよ。」
「うん、バイバイ。」
慧君の家から戻る途中、ぶらりと本屋に立ち寄ってみた。
それから本屋を意味も無くぐるりと一周徘徊してみて、レジから影になっているアダルト誌コーナーへさっと滑り込む。
そこで適当に手にした一冊をぱらぱらと捲ってみたのだけれど、別段興味をそそられるようなものでは無かったし、さして興奮もしなかった。
なんだ、やっぱりつまらない。
一気に冷めた気持ちで本を棚に戻すと、そこから少し離れた棚に移動する。
そこで一通り良さそうなものが無いか眺めた後、一番目に付いた一冊を掴んでレジに持っていく。
店員さんは一瞬驚いた顔をしたけれど、この反応は2回目なので大して気にならなくなった。
会計を済ませて外へ出ると凛が立っていて、一緒に帰ろうと誘われた。
どうやら俺が本屋に入って行くのを見て待ってくれていたらしい。
どうせ家は同じ方向なので、彼がなぜか少しニヤリとした表情を浮かべていることは
この際気にしないことにして、彼と一緒に家路をたどる。
「えー、寛。」
「んー?」
「やー、本屋でエロ本読んでただろ。」
「っ、見てたのか。」
「おお。正直言ってそれが言いたくて待ってた。」
「なんやっしそれ。まあ、読んでたけど。」
「読んでたけどって…それだけ?」
「え?うん。他に言うことも無いあんに?」
「まあそうだけどよ、…あ、それ買ったのか。」
「え?…ああこれ?あらん。」
「じゃあぬーがよ、それ。」
「これは……レシピ。」
なんだか君が喜ぶ姿が、また見たいと思ってしまったんだからしょうがない。
来年、また君が俺の作るものを気に入ってくれればいいと、そう思う。