3月3日ひな祭り、そして俺が生まれた日でもある。
とはいえひな祭りなんて俺にとっては限りなくどうでもいい行事だし、
他のやつらからすれば俺の誕生日なんてもんも同じくらいにどうでもいい日に違いない。
それでも家族くらいは一年に一度のこの日を、俺が生まれた日の事くらい、ちゃんと祝ってくれても良いもんだと思う。
毎年毎年俺のバースデーケーキには、我が物顔のお内裏様とお雛様の砂糖菓子が
なんだかやたらと可愛らしい見た目の桃のショートケーキにドンと並んでふたつ乗っかっていたりするし、
ねーねーの娘が生まれてからはなおさら、母さん達のひな祭りに対する気合の入れようが違ってきている気がする。
どうしてこうも女の行事は華やかで派手なものが多いのか。俺としてはなにか、男が損をしているようでならない。

「はぁー、別にこの歳になってまでどうこう言うつもりはないんだけどさぁ、やっぱすこし損した気分になるんだよ。」
『そうか。』
「しかもなー、次の日俺がひな壇の片付けをさせられるんだぞ。あぁー、もうめんどくさ…今日はずっと部屋に篭っていようかなぁ。」
『それなら…俺の家、来るか。』
「え、いいの?」
『あぁ、…でも来るならもう少し遅い時間に来てくれると助かる。』
「うん、わかった。」

誕生日のお祝いの電話をくれた寛に、そんなしょうもないことを延々愚痴っていたら家に呼んでくれた。
哀れに思ったからか仕方なくか、どちらにせよ俺にとったら好きな人に誕生日を祝ってもらえた上に、
家でとはいえ一緒に誕生日を過ごしてもらえるんだからそれは願っても無いことだ。
なんだかなんでもないいつもの誕生日が急に特別なものになった様で嬉しくなり、
上機嫌で準備をしていたらあっという間に支度が整ってしまった。
それでも言われた時間にはまだまだ早い。まいったなぁ、何をして時間を潰そうか。

俺だけの特別

−ピーンポーン−

まだ約束の時間より30分以上も早いけれど、家でくだらないテレビを見ながら時間を潰すのも限界だった。
寛のことだからこれくらいでは怒ったりしないだろうと思ったし、出来るだけ長く一緒に居たいからと、
俺は早速寛の家へ向かいインターホンを押した。

「はい…。ってアレ、凛?」
「ごめん、早く来すぎたか?でも家に居ると暇すぎてさぁ。」
「あぁうん、別に大丈夫。あがって。」
「お邪魔しまーす。」
「どうぞ。凛はそこらへんでくつろいでて。」
「ん?うん。ていうかよー、ちび達は?」
「ひな祭りだからって、さっき母さんおじーと一緒に出掛けた。」
「あぁ…そうなの?じゃあ、今寛一人?」
「うん、そうだけど…?何か問題あったか。」
「いや、別にそういうんじゃないけど。」
「うん?そうか。」

別に問題は無いけれど、てっきり子供達も一緒に居るものだと思っていたからいきなりのふたりきりの空間に少し落ち着かない気分になる。
俺は気分を落ち着かせようと、さっき散々見飽きたと思っていたテレビをとっさに点けた。
それでも実際はテレビの内容なんてひとつも頭に入ってきていなくて、ただぼーっとそこでテレビを見ている風に過ごした。

「そういえば凛…。」
「…。」
「凛。」
「…。」
「何見てるんだ?…将棋、渋いな。」
「うぉっ!?…びっくりした…いきなり背後に立つなよ。」
「何度も呼んだ…まあいいや、凛今日はどうするんだ?」
「何が?」
「家に帰るのか?それとも泊まっていくのか?」
「え、泊まってもいいの?」
「うん。」
「…じゃあ泊めて欲しい。」
「ん。」
「でも急に泊まって迷惑じゃないか?」
「うん、大丈夫。どうせ家族は皆明日まで帰ってこないし。」
「え、…え!?明日までふたりきり…。」
「ん?」
「な、なんでも無い。…でもなんで寛は一緒に行かなかったんだ?」
「…俺は男だし、ひな祭りには興味ない。それにあれはひな祭りに託けた飲み会だ…俺が行ってもなにも面白く無い。」
「そう、か。」
「それで凛、泊まるなら風呂入るか?今入っても良いけど。」
「あぁうん、入る。」
「わかった。それなら服とタオルは用意しておくから。」
「うん、ありがとう。」


−シャーッ−

「はぁー…ヤバい。」

普段部室や学校の登下校、他にも色々な場所でふたりきりになる事なんてよくあるのに、今日はなぜか、すごく緊張してる。
シャワーを浴びながらひとり、きゅーきゅーと締め付けられる心臓をどうにか落ち着かせようと頑張るけれど、一度意識し出すともうダメだった。
寛からすれば単に友達をひとり家に泊めるだけだという感覚だろうからなんでもない事だとは思うけれど、
俺からしたら誰も居ない家で朝まで好きな人とふたりきりだ。緊張して、何が悪い。
バクバクと大きな音を立てる心臓の音を掻き消すように、冷たいシャワーを頭から思い切りかぶった。





「ひろしー、風呂あがったー。」
「「ん、良い匂い。」」
「凛、シャンプーの良い匂いがする。」
「うん、寛は?飯作ってるのか?」
「そう。もう少し掛かりそうだから待っててくれんるか…って、凛!?何で何も着てないんだよ。」
「え…あぁ、えぇとさ、寛新しいパンツとか持ってない?」
「…探してみる。」
「サンキュ。」
「確か…どっかに…。」
「…へーっくしゅんっ、くしゅんっ、くしっ、…う゛ぁー…。」
「…タオル一枚で出てくるからそんなことになるんだ。」
「違げーよ…これは俺、誰かに惚れられたな。」
「っ…、そうですか。まぁ、馬鹿は風邪引かないって言うしな。」
「あっ、言ったな。誰がバカだ、誰が。」
「…さぁ、誰かねぇ…あ、あった。これで良いか?」
「うん、穿ければ何でも良い。」
「じゃあはい。」
「サンキュー。………………うしっ。」
「…やっぱり俺の服だとぶかぶかだな。」
「うん、でも寛の匂いがするから好き。」
「…変なこと言うなよ。」
「くくっ。」

でも本当に、安心するこの匂いが好き。なんだかふわふわした気分になる。
全身が寛のものに包まれて、寛の匂いに囲まれて、嫌でも緩む頬が抑えられない。
それを隠すようにソファーへダイブして、側にあったクッションを思い切りぎゅーっと抱きしめた。


「凛。」
「んー?」
「ご飯。」
「お、出来た?」
「うん。」
「やった、俺もう腹ペコ。」
「ふっ、いっぱい作ったから、いっぱい食べろ。」
「おうっ。」

寛のその言葉通り、食卓にはたくさんの料理が並べられている。
寛の母親は料理がとても上手いし、それを手伝っている寛も自然とそうなってくるみたいだ。
食卓の上の料理はどれも美味しそうに、良い匂いを立てて並んでいる。

「頂きます!」
「召し上がれ。」
「……ん、うまっ!…ちょーうめぇ、寛天才。」
「そうかや…これも、食え。」
「うん、…あ、これも美味い!全部めっちゃ美味い!」
「ふっ、もうちょっと落ち着いて食えよ、無くなったりはしないから。」
「わかってるけど、箸が止まんねぇの。」
「そんな風に食べてくれると作った甲斐があるな。」
「そうか?」
「うん。」
「でもマジで全部美味い。」
「うん。」
「…寛はいい嫁になるな。」
「え?」
「ほ、ほら、料理とか上手いしよ。」
「…それなら、凛だって良い旦那になりそうだ。こうやって美味しそうにいっぱい食べてくれる。
料理って、おいしいって言ってくれる人が居てはじめて美味しく出来ると思う。
だから今俺は、一生懸命作って良かったって、凛がそんなふうに喜んでくれて嬉しいって、思う。」
「ん、…そう、か。」
「うん。」
「じゃあ、俺達が結婚したら良い嫁と良い旦那で良い夫婦になるな。」
「…。」
「あ、…いや、変な意味じゃなくてな。」
「…そうだな、良い家庭になりそうだ。」
「え?あ、うん…で、でも、毎日こんな美味い飯食えたら幸せだよなぁ…なんて。」
「ふっ、それは本当に夫婦にでもならない限り無理だな。」
「…嫁に来ちゃえばいいのに。」
「ん?」
「な、なんでもない。」





―カランッ―

「ごちそうさまでした。」
「…本当に全部食べたんだな。」
「うん、美味かったし。これならまだまだいける。」
「そうか、よかった。」
「うん。」

寛の作った料理はどれも見た目の通り本当に美味しかった。
気が付いたらあれほどたくさん並んでいた料理がすっかり無くなっていたくらい。
だから俺のこれならまだまだ食べられるという言葉は嘘やはったりではない。
何より俺が美味しいと、料理をたくさん食べると寛が嬉しそうな顔をするからこっちまで嬉しくなって、
気が付いたら箸がどんどん進んでいた。

「…なぁ、凛。」
「ん?」
「本当にまだ何か食べられるか?」
「ん?うん、食べれる食べれる。」
「じゃぁ…これ全部下げたら、ケーキ…食べるか。」
「え…、ケーキ?あんのか!?」
「うん。…俺が作ったやつだけど。」
「えっ!食べたい食べたい!」
「そう、か…よかった。」
「それなら早く皿片付けようぜっ!」
「うん。」

寛の手作り料理なんて次はいつ食べられるか分からないと、名残惜しく思いながら皿を片付けていたところだったから、
手作りのケーキがあると聞いた瞬間傍目にも分かるほど一気にテンションが上がった。
俺はついさっきまで未練たらしくしていた皿を急いで片付け、小皿とフォークを勝手に食卓に並べて席についた。

「寛、早く!」
「うん、ちょっと待って。」
「…うぉっ!なにこれ、すごっ。」
「ただのスポンジケーキだ。」
「ただのって、これマジで寛が作ったのか?」
「うん。」
「しかも俺が食べたかったイチゴのショートケーキだ。」
「うん、凛が誕生日にはいつも桃のケーキばっかりで、たまにはイチゴのショートケーキが食べたいって言ってただろ?だから。」
「え、もしかしてこれ俺のバースデーケーキ?」
「ん、そう…そのつもりだけど。」
「マジでかー…、ちょっと待って…はぁーっ、嬉しすぎて涙出る。」
「っ…、そ、そこまでの事か。」
「当たり前だろ、好きなやつがここまでしてくれて嬉しくないわけがない。」
「へっ?好きな…?いや…、そうか、喜んでくれてよかった。」
「うん。」
「お誕生日おめでとう、凛。」
「ありがとうございます。」

このとき俺がポロリと重大発言をしてしまった事に気が付かなかったのは、
寛の作ってくれた“俺のためのバースデーケーキ”があまりに嬉しかった所為なんだからしょうがない。
俺のくだらない愚痴を聞いてここまでしてくれる寛が、俺は本当に好きだ。

「どれくらい食べる?これくらいか?」
「もうちょっと大きく。」
「これくらい?」
「うん、そんくらい。」
「ん。…はいどうぞ。」
「やった、ありがとう。」
「うん。」
「…あぁー、やっぱケーキはいちごショートだなぁ。」
「ふっ、味は?」
「すっげーおいしい!」
「くくっ。」

それから俺達はいっぱい色んな話をして過ごした。
今までの思い出話やこれからの事、今はまっている漫画や最近見つけた美味しいお菓子、
新しく実験開発した面白い薬…とにかくいろんなことを話した。
ほぼ毎日一日の半分を同じ場所で過ごしているはずなのに、寛と話しているだけでこんなにも幸せな気分になる。
気が付いたらすっかり夜も深まっていて、俺達は寝る準備に取り掛かった。

「凛の歯ブラシ…は、前に使ったやつでいいか。」
「うん。」
「消毒するからお湯が沸くまで待って。」
「ん。」
「その間に俺は布団を敷いてくるな。」
「わかった。」

寛が布団を敷きに部屋へ行ってしまうと、急に静かになった居間に寂しさを感じる。

「ひろしー?」
「…んー?」
「なんでもなーい。」

だから意味も無く名前を呼んでみたりして、ひとりきりではない事を確かめる。
それからしばらくして火にかけていたやかんがシュンシュンと音を立て始めたから、
俺はコンロの火を消してマグカップにお湯を注ぎ、そこに歯ブラシを突っ込んでぼーっと天井を眺めた。

「凛、さっき俺のこと呼んだか。」
「え?あぁうん、特に意味は無かった。」
「?…そうか、それなら良い。」
「もうこれ大丈夫かなぁ?歯ブラシ。」
「うん。」
「じゃあ、歯ー磨いてこよ。」
「俺も。」

歯を磨き終わって寛の部屋に入ると、ベッドと布団が綺麗に並んでいた。
…まぁ、一緒に寝る訳は無いと分かっていたけどな。

「凛はベッドの方を使うといい。」
「へ?なんで?俺布団で良い。」
「…でも。」
「だって寛、布団じゃ足はみ出すだろ?」
「…まぁ。」
「だから俺が布団。」
「…ありがとう。」
「うん。」
「もう電気消していいか。」
「うん。」

―カチッ―

「わ、真っ暗。」
「…暗すぎると寝られないか?」
「別に、そんな事無い…。」
「もし暗いのが苦手ならそこの電気点けて寝てもいいぞ。」
「…だから、大丈夫だって。」
「そうか?遠慮しなくてもいいんだからな。」
「…。」

―カチッ―

「ふっ。」
「わ、笑うなよ。」
「ごめん…つい、な。」
「んー…。」
「起こるな。」
「起こってねーし。」
「そうか?ならいいけど…。」
「…。」
「…。」
「…はっくしゅん、くしゅっ。」
「…。」
「…へーっくしゅん、くしゅんっ、くしゅんっ、…あ゛ぁー、寒っ。」
「…大丈夫か?」
「んー、ちょっと寒ぃ。」
「…こっち来るか?」
「へ?」
「ベッド大きいからスペースはまだある。それにふたりで寝てれば温かくなるだろ?」
「…いいの?」
「うん。」

確かに寛のベッドは寛の足がはみ出ないようにと縦幅が大きめのものを選んであるし、
それに伴って横幅も大きくなっているのに寛自身が細すぎてスペースはほとんど余っている。
でも、さすがに子供のときとは違うし男ふたりで一緒に寝るのも嫌がられるかな、なんて思っていたんだけど。
寛が良いというなら俺には断る理由は何も無い。
のそのそと寝転がっていた布団から這い出て、寛のベッドへ潜り込む。
なるほど確かに暖かい。だけど違う意味で、余計に眠れなくなりそうだ。

「あったかい…。」
「うん。」
「くしゅっ、はぁー…風邪かなぁ?」
「…違う、それは俺に惚れられた所為だ。」
「そうか…うん…ん?…何?今なんて言ったの、寛。」
「だからそれは風邪なんかじゃないって。」
「違う、それじゃなくて。」
「…だから、くしゃみが出るのは誰かに惚れられた所為なんだろう?だったらそれは俺だから風邪なんて引いてない、凛は大丈夫だ。」
「ぁ…え?………はぁー、ヤバい…なんかクラクラしてきた。」
「な、大丈夫か?」
「平気だって言ったのは寛だろ?それにクラクラさせてんのはお前だ。」
「…。」
「つーかなにそれ、…たんじょうびプレゼントに寛をもらってもいいみたいな?」
「…っ、何言ってんだ…意味が分からん。」
「えー、俺のものになってくれないのー?けちー…。」
「け、ケチって…。」
「俺だってこんなに寛のことすきなのに…。」
「っ…。」
「おれのことすきだって…うそならべつに…いいんだけどな…きらわれたら、かなしいけど。」
「…。」
「なにいってんだおれ…なんか…きゅうに…めっちゃ、ねむい………。」
「…凛?」
「………。」
「寝たのか?」
「…………。」
「はぁー、俺が好きでもないやつのためにここまですると思うのか…。
本当は今日だって出掛ける直前で凛が来る事になったから急いで買い物してケーキ作って料理の準備してって、色々大変だったのに。
家族が出掛ける前だって弟に泣きつかれて大変だったけど、それでも凛の誕生日を一緒に祝いたかったから
どうにかあやしてひとりで家に残って…凛が泊まるって言った時だって本当に嬉しかったし、
美味しいって料理を全部食べてくれた時も、ケーキを見て泣いた時も俺の方が涙が出るくらい幸せな気分だった。」
「…。」
「それくらい、俺はお前の事が好きなんだよ。」
「…。」
「お前の言う好きが俺と同じものなら、お前のものになってやってもいいけどな。」
「…。」
「ん…ひろ、し………。」
「ふっ、まぁいいか…答えはいつか聞かせてくれるだろう?…お休み、凛。」



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『ただいま。』
『ただいま…。』
『『『ただいまー。』』』
にーにー、起きてる?』
「…。」
『にーにー、科学の雑誌今日新刊出てたから買って来たよ。』
「…。」
『にーにー、まだ寝てるの?…部屋入るよ?』

―カチャッ―

『雑誌、ここ置いとくかっ…ひゃあっ!ごめんっ!』

―バタンッ!―

『朝から大きな物音立てないの!』
『ごめんなさい…でも。』
『どうしたのよ?…あんた顔真っ赤よ?』
『だって、にーにーのベッドに誰か一緒に寝てた…。』
『え!?あの子まさか…。はぁ、だから昨日あんなに頑なに家に残るって言ってたのかしらね。』
『わかんない…でもすっごくびっくりした。』
『それは仕方ないわね、寛にはお母さんから言っとく。』
『うん…。』

* * * * *

「ん…寛、今なんか…すごい音した?」
「んー、多分家族が帰ってきた。」
「そっか、…ふぁー、まだねみぃ…。もう少し寝ててもいい?」
「うん、…俺も。」


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