「キスしてもいいですか?」
「…は?」

永四郎と2人きりの放課後の教室。
永四郎がなんの前触れもなくそんな事を言い出した。
突然そんなこと言われても…
それは目の前に広げられている英語の教科書に並んだどの例文よりもわけのわからない一言だった。

さあ、お稽古をはじめましょう。

「キスしてもいいですか?」
そんな声が何処からともなく聞こえたと思ったら、その声に反応して目の前で必死に教科書に載った英語の例文を訳していた
平古場クンが驚いたように顔を上げて疑問の声を漏らした。
今ここに居るのは2人しかいないし、平古場クンが驚いた顔をしてこっちを見ているんだから先ほどのセリフは自分が言ったものなんだろうけど。
だけどそれは唐突過ぎて、自分でも驚くくらいに不自然な一言だった。
今俺は平古場クンに英語を教えていて、それで平古場クンは少しずつ慣れてきたようで自分で分かるようになってきて。
確かにそんな真剣に教科書と向き合う平古場クンの整った顔を綺麗だ、なんて思いながらみていたけれど。
だからってなんだ。別に平古場クンと俺は恋人同士でもないし、ましてや男の彼に突然そんな事言うなんてどう考えてもおかしい。
だから自分でもそれが自分でいった言葉だなんて思わなかった。
ただ、その形の良い唇に視線が吸い寄せられるように釘づけになっていて、
その唇に触れてみたい、そう思うのと同時にそれが言葉となって自分の口から洩れていた。

「は?…え、あ、ああー、この例文、そういう意味なのか…ちょっとまって、まだそこまで行ってないから。」

もちろん俺は例文にあった言葉を言ったわけではない。
それでも平古場クンがそんな風に言い出したのは俺があんな一言を言うよりも、
教科書にそんな例文が載っている確率の方が高いと思ったからなんだろう。
残念ながらどんなに教科書を読み進めたってそんな言葉を見つけることは出来ない。
だいたいなんで電話で話しているって内容なのにそんな例文が出てくると思うわけ。
まあ、それくらいに俺の一言がありえないと思ったんだろうけど。

「教科書には、載っていませんよ。」
「え…、じゃあなに、訳したらいいのか。」
「すみません、さっきのは失言でした。自分でもそんなこと言い出すとは思ってもみなかったもので。」
「…。」
「驚かしてしまいましたね、ごめん。」
「…ま、まあいいけど。」

目に見えて明らかに動揺しだした平古場クンが、なんだかすごくおかしかった。
最初は自分でもそんな事いうとは思っていなかったから驚いていたけれど、
今は普段悪戯ばかりしている彼の動揺した姿を見てもっとからかってみたくなった。

「じゃあ、英語の勉強に戻りましょうか。気分を変えて日常会話でもどうですか?」
「え?あ、ああ。まあ。」
「それじゃ。What do you think of me?」
「…え?え、ええー、永四郎?それ、日常会話?」
「恋愛編です。」
「れ、恋愛編って…。意味分かんねぇよ…なぁ、永四郎?」
「you are not answering my question」
「…永四郎―。」
「そのくらいの英文ならわかるでしょ。」
「わかる、けど…なんて答えればいいの分かんねぇ。」
「ふーん。それって俺の事、よく思ってないってこと?」
「そういうわけじゃ…。」
「じゃあ質問の答え、聞かせて。正直に答えてよね。」
「えーと、…ユーアービューティフル?」
「…それしか単語知らないわけ?」
「そ、そうじゃねぇよ。本当に…そう思っただけ。」

自分の言った言葉が恥ずかしいのか平古場クンは目をそらしているから、知っている単語をただ言ったわけではなさそうだ。

「…Then, can I kiss you?」
「…。」
「because, I'm in love with you」

それから俺の言葉にどうしたものかと困ったような表情をした後、俯いてしまった彼をみて、流石にやりすぎたかと思った。

「ごめん、平古場クン。冗談だから、そんな顔しないで。」
「…。」
「平古場クン?」

そう呼びかけると、平古場クンがそろそろと顔を上げた。
その顔は見ているこっちがびっくりするくらいに真っ赤で、逆に俺がどうしたらいいのかわからなくなった。

「え、あの、大丈夫ですか?…その、真っ赤ですけど。」
「…永四郎が変なこと言うからだろ。」
「まあ、それはそうですけど。まさかそんな反応されるとは。」
「悪いかよ、俺だってそんなこと言われたら恥ずかしいときだってあるんだよ。」
「そうかもしれませんけど。」
「なんだよ!馬鹿にしてるのか!」
「ちがいますよ。ただ、平古場クン、そういうこと言われ慣れてそうなのになぁ、と。」
「は?別に、普段はそんな事言われたってなんとも思ねぇよ。」
「は、はぁ… やっぱりそうなの。」
「だけど、…好きな奴に言われたら、やっぱり恥ずかしい。」
「え。」
「だから、つまり…さっきの質問の答えは…イェス。」

そう言って平古場クンがぎゅっと目を瞑ってうつむいた。

俺は必死になっている彼がかわいくて、こつんと1回頭を小突いてやった。

「だから冗談だって言ったでしょ。」
「え?」

俺の言葉に少し残念そうな顔を上げた瞬間をねらって、平古場クンの唇をさっと奪った。

「あんなふうに俯かれてたらキスなんてできないよ。」
「あ…。」

さっきより真っ赤になった平古場クンを見てくすりと笑って見せたら、
バカー!とかなんとか言われてしまった。
だけどしょうがないじゃない?俺だって、同じなんだし。

「好きな人にそんな反応されたら、いじめたくなっちゃうでしょ。」

こうやって俺の事どんどん知ってもらえたらいいんだけど。
ね、だから。お稽古を始めましょう。

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