無敵のヒーローってのは、それは一体どういう意味なんだろう。
無償でどんな世界も愛せる、そう言う人がなれるものなのか。
一体そんな人がこの世界に存在しているんだろうか。
一体彼はこの世界のどこに、命を賭けてでも守りたいという思いを見出して戦うんだろうか。
そんな世界嫌だ
「あぁー、エクスタシー!完璧や!完璧!」
「…ようやりますね。」
「完璧やと気持ちええやろ。気分がスカッとすんでぇ。雑念も消えてくわ。」
「…そうッスね。」
「おぉ?なんやその目はー。愛想ないでぇ、財前。」
「…そうっスか。」
「…お前寝不足か?目が死んどる…。」
「…そうッスね。」
「…お前そうッスそうッスってそれしか言えんのか!」
「…そうッスよ。」
「…。」
なにか大げさに溜息をついたあと、今しがたきれいにしたばかりの部室の椅子に腰かけて、
部長はとっとと次の『部誌を書く』と言う作業に移っている。
彼がそれをしたところで何をもらえるわけでも、褒め称えられるわけでもない。
そういう日常の何から何までのことを、この目の前の男は自分から進んで探し出してきて、淡々とこなしていくのだ。
こんなところに居った。無償で自分を犠牲に出来そうな人。
「部長なら、…なれそうやな。」
「んー?何がや。」
「…聞こえてたんスか。」
「おぉ、俺耳は結構ええ方やと思うで。」
「ふーん。」
「で?俺が何になれそうやって?」
「…ヒーロー。」
「あ?」
「正義の味方ってやつです。」
「…っぷ。なんやそれ。なんで俺がそんなもんに?」
「いや、なんかいっつも完璧完璧ってあほみたいに動きまわっとるし、変な決め台詞とか決めてますやん。」
「…変なてなんや、変なて。別にええやろ、それは。」
「…そうやけど。」
「ふーん。まぁでも、ヒーローっちゅーのも色々大変そうやし。そう簡単にはなれへんわな。」
「そうッスか?部長ならなれそうやなって思ったんやけど。」
「んー、まあ俺くらいの完璧な男になればなれへんことも無いわ。」
「…真顔で言うとか…自分で言うとか…キモいっすわ。」
「キモいとか言うなや。俺やって傷付くやろ。」
「ふーん、ヒーローにもなれる男がそれくらいで傷ついたりするもんなんですねぇ。」
「…。そういえば、なんで突然そんな事言い出したん?」
「それは…甥っ子と戦隊もののビデオ見てて、変に偽善じみたもんやな、思て。
実際無償で世界を救うなんて、命張ってまでこの世界を守ろうとする奴なんて、この世に居るんかなって。
疑問に思ったんスわ。」
「…で、俺がそんなもんになれるって?」
「まぁ。普段から何の報いもない作業をねちねちと、無駄に自分からコキ使われに行くのが部長のあり方やないッスか。
せやから、もしかしたらこの人ならヒーローでも何でもなれるんちゃうかって思ってみただけです。」
「…そか。無駄に心に突き刺さる言い方をするなあ、君は。でもまあ、俺やってロボットやないし。守りたくない世界やってあるで。」
「ふーん、やっぱそういうもんなんか。」
「おぉ、たとえばチーズリゾットの無い世界とかな。」
「…あんたの世界狭っ!チーズリゾット無いだけで地球に守る価値が無いとみなすんスか。」
「そうとは言ってへんで。ただ、守る気力が少し減るって事かもな。」
「ふーん。」
「それよりも、俺はお前がいない世界の方が嫌や。これは決定的に俺の意欲を失くすな。
きっとお前がいない世界なんて、守りたいって思えへんと思う。
お前が幸せで居れる世界が、いつも笑って居れる場所が、俺の守りたい世界やから。」
「…。」
「まあ、何かひとつ特別に守りたい者ができてしまってる時点で、俺はヒーロー失格やけどな。
世界平和よりそいつの事が心配になったらアカンやん?世界中の助けを求める叫びよりも、お前の涙一つを優先させてしまいそうやからな。」
「…なに言って、もうええッスわ。」
「おーい、赤くなってんでぇ。ぷすす…かわええやっちゃなぁ。」
「うるさい。」
「ほーい。だけどこれ、俺の精一杯の告白だということに気付いて欲しいもんやな。」
「チッ、しつこいわ!俺をからかって楽しむなんて部長も大概悪趣味っスね。」
「からかってへんもーん。本間の事しか言わんし。俺。」
「じゃあ俺からも言わせてもらいますけど、俺だってあんたの居ない世界なんて嫌やわ!」
「…。」
「精一杯の告白だってことに気付いて欲しいッスね。」
「…ざっいぜーん!」
「うぇっ…くるし…。」
「お前の助けを呼ぶ声だったら俺はいつだって飛んで駆けつけるで。」
「だったらっ…今あほの部長に首絞められてるんで、…そこから救い出してくださいよ。」
「へへぇー、それは出来ひんわぁ。ホントに困ってる時しか助けへん。」
「なんやそれ…うっ…息が…。」
「…え?えぇえええ??ざいぜーん!!」
もしも彼が世界を救うヒーローだったら。
弱点はそう、チーズリゾットの無い世界と俺の涙。
そんなヒーローが守ってる世界なんて俺は嫌やわ。
俺の涙一つで全てほっぽリ出して駆けつけてくるヒーローが守ってる世界なんて…。
迂闊に泣くことも出来ひんやんか。
だけどそれが、俺だけのものだったら。こんなに頼もしい人もいないけどなぁ。
彼の言葉一つで、俺の心は救われる。
なんや、部長はもうなってるやん。俺だけのヒーロー。
無敵のヒーローって言うのは一体どういうことやろう。
それは未だにわかっていないけれど。
きっとそれは、この世界を愛してるようで、うまく愛せてない人がなるもんなんじゃないか。
この世界で何を賭けても守りたいって、そう思えるものが何もない人。
それでいて何にも負けない強さを持っている人なんて、居るわけないし、居てほしくもない。
ただ、誰の心にも一人。その人の笑顔を見るだけで、言葉を聞くだけで、
心が救われるような人がいればいい。
きっとそれは、本当に大切なものを大切に出来る。そんな人だけがなれるもんやから。