一緒に出掛けよう、そうやって裕次郎に誘われたのが昨日の真夜中過ぎだった。
断る理由は特にない。
けれどもう少し早く連絡をしてくれていたら、もっと知念の事を考える時間を減らせたかも知れないのに。
バスに揺られながら、そんな、まるで裕次郎に非があるみたいなことを思った。
もちろん裕次郎は何も悪く無いし、一緒に居る今だって知念の事ばかり考えている癖に俺ってば最低。
…そういえば、今日裕次郎が話した内容なんて一つも思い出せない。
裕次郎だって俺がこんな態度じゃつまらないだろうに。
ごめん、裕次郎…折角今日誘ってくれたのにな。
―バンバンッ―
悶々とそんな事を考えていたら、バスの外側から窓を叩かれてビクつく。
心臓がバクバクして、その原因を作った相手に苛立ちを覚えつつも何事かとそちらに目を向けると、裕次郎が慌てた顔で俺の名前を呼んでいた。
ハッとして降りようとしたところに、バスがそのまま発車してしまう。
窓の外では呆気にとられた顔で裕次郎が茫然とこちらを見ている。
「す、すいません、降ります、降りますっ!」
俺が慌てて叫ぶと、運転手はバスを止めてくれた。
お礼を言ってバスを降りると、裕次郎が走って俺の方まで来てくれる。
「ちょ、凛くん…、何処行くつもりだったの?俺だけ置いてどっか行っちゃうのかと思ったでしょ。」
「ご、ごめん…俺も気付いたら裕次郎が外に居てめっちゃびっくりした。」
「…もー、凛くんさっきからボーっとしすぎ。」
「ごめん…。」
「俺と居るのつまんない?」
「そんなこと、ねーよ。」
「ふーん、…凛くん疲れてるなら、とりあえず先に何か食べに行こっか。」
「おぅ…悪いな。」
裕次郎に任せたら絶対にここへ来ることは分かっていたけれど、俺も別にそれで構わないので何処へ聞くか聞かれた時に何処でも良いと答えた。
佐世保バーガーの2階、俺は階段側を背にして席に座り、ポテトをつまみながら明らかに上の空と言う顔で裕次郎の話を聞いている。
「凛くん、それシェイク、ちょっとちょーだい。」
「ん?おぅ、ちょっとだけだぞー。」
「うん、ありがと。」
「んー。」
「…。」
「……………はぁ。」
「…くくっ。」
「なんだよ。」
「いや?なんも。」
「…。」
「あのさ、凛くん。」
「んぁー?」
「人が恋してる場面をさ、偶然見かけちゃう事ってない?なんか唐突に、あ…この人あの人のこと好きなんだな、みたいに気付いちゃう時。」
「……………あぁ。」
そう言われて一番に俺の頭に浮かんだのは、知念と楽しそうに話すあの子の事だった。
「そういうのって、気付いた時はちょっと焦るけど、段々と楽しくなってくるよね。」
「…そうかぁ?」
「なんか恋してる人って可愛いくない?…人が恋してる時の表情って、コロコロ変わって面白いんだ。」
「…。」
「だからそういうの見てると、ついつい応援したくなっちゃうっていうか、まぁ勝手に心の中で応援しちゃったりもするよね。」
「…それで?」
「それでって?特に続きはないけど…同意を求めて聞いただけ。」
「ふーん…。」
「でも、なんで俺が突然そんな話題を出したかと言うと。」
「んー?」
「なんか俺には、最近の凛くんが可愛く見えたから………今俺が言った様な意味でね。」
「っ…。」
「…あたり?俺の考えが外れてるなら、違うって言ってくれれば良いよ。」
「………なんで分かった。」
「おぉーっ!?やっぱそうなんだ、そう?!」
「…。」
「寛とあの子が付き合っちゃったら、悲しいんでしょ。」
「…うん。」
「わー、もうちょっとヤダ、なにその顔!…可愛すぎる、見つめてられないっ。」
「なんだよ、ふざけんな、キモいお前。」
「くっくっく…でもあいつと一緒に居る時の凛くんよくそういう顔するから、俺すぐに分かっちゃったよ。」
「マジで?………ヤバい…、俺、…あいつの事本気で好きなのかも……。」
「…クスッ。」
『誰が好きだって?』
「っ…わぁあぁあああっ、わぁっ!」
「くっくっく、そこまで驚かれると脅かし甲斐があるな。」
「ぷくくくくっ…。」
「ち、知念…何でここに?」
「今日裕次郎が、一緒に遊ぼうって誘ってくれた…。」
「そ、そっか。」
「うん、俺喉乾いたんだけど…凛、ちょっとそれ貰って良いか?」
「え、え?これか?…こ、これ俺がもう口付けたやつだぞ?」
「いいよ、別に。」
「…なら、良いけど。」
裕次郎の方を見ると、頬杖をついて、俺達のやり取りをニタニタしながら見ていた。
ホントこいつ、良い性格してる。
「ういしょ、これは俺、邪魔者かなぁー。」
「…や、何がだしよ、まさか帰ったりしねーよな。」
「え?帰るよ?」
「は?何言って…。」
「ね?寛?」
「あ…うん、悪いな裕次郎。」
「いいえ、じゃあ後はおふたりで。」
「あ、おいっ!ちょ、待てよ裕次郎!」
「待ちませーン、じゃあ明日部活でねぇ!バイバーイ!」
「…。」
「明日な。」
「え、…なんだよこれ、どういうこと?」
「うーん、…裕次郎に、ふたりにして貰った。」
「え?…な、なんで?」
「ちょっと、凛に聞いてほしい事があったから。」
「そ、うか。」
「うん…。」
「何?…聞いてほしい事って。」
さっきまで普通にしてたのに、俺がそう言った瞬間知念が明らかにソワソワしだした。
俺も正面に座った知念の目を見て話す事が出来ないから人の事言えないけど、
知念も知念で『あー。』とか『えー。』とか、何か言い難い事を言う前の様な態度で、俯いているから全然目が合わない。
「あー…うん、…えーと、ちょっともう一回飲み物貰っていいか。」
「え、うん、…も、もうそれ全部やる。」
「あぁ、…ごめん。」
「うん、それで?」
「えぇと、…その。」
「…。」
「あぁ……うん、…あの、それ美味い?」
「え?うん、美味いよ、欲しい?ちょっとやろうか?」
「あ、うん、…ありがとう。」
「んー。」
「…っ、俺凛が好きだ。」
「…………えっ…、な、なにそのタイミング。」
「う、うん、ごめん…じゃあもう一回言うけど…俺は、凛が好き。」
「…。」
相手が動揺していたりすると、案外自分は冷静に対処出来るもんだと思った。
好きだと気付いた相手が告白してくれたら、そりゃあもちろん嬉しく無い訳が無い。
だからもう少し、違うリアクションがあっても良かったはずだよなとは自分でも思ったりはしてみた。
「なんで?」
「…え、なんでって…。」
好きだと言われた事は、すごく嬉しかった。
でも、俺の中には、何で知念は俺の事好きになってくれたんだろうとか、何で今それを言ってくれたんだろうとか、
今日裕次郎が帰った理由、あの子の事、今まで付き合った子との話、初めて知念から告白してくれた事について、
そういう色々な疑問が後から後から出て来て、一言では伝わるはずが無いのに、結局『なんで。』なんていうそんな言葉が口をついて出て来ていた。
「なんでっていうのは…、なんで俺が凛のこと好きかって事か?」
「うん、…それとか、全部。」
「全部…。」
「うん。」
「…なんで俺が凛の事好きかって言うと、それはもう、分からないとしか言えない。
好きなところを挙げて行ったら、結局は全部って事になってしまうし、好きになったきっかけも、もう随分前の事だから思い出せないな。」
「随分…前って?」
「前からは、前から…もう本当に、思い出せない位前。」
「でも知念、彼女とかいただろ。」
「そうだな…、これは自分でもあまり良くない事をしたとは思うけど、告白されたら、そのまま付き合ってしまってた。
…俺には自分からそんな風に自分の気持ちを伝える勇気は無いけど、でもどれだけの決心をして伝えてくれたかは分かっていたから、断る事が出来なかった。
…それに、いつか凛への気持ちを消してくれるような、そんな子が現れると思ったから。」
「…。」
「それで、最近仲良くしてくれる子が出来たんだ…。同じクラスの、明るくて、優しくて、俺の話を熱心に聞いてくれる良い子。
今までの子とは違って、一緒に居て楽しいって思える子で、可愛いなぁってことも思ってた。」
「昨日、一緒に弁当食べてた子?」
「うん、そう。」
「…その子、知念の事…好き、だろ。」
「うん…そうだな、昨日屋上で一緒にお昼食べてて、教室に戻ろうとしたところに告白された。」
「っ…。」
「でも、その時俺は、“どうしよう”って思ったんだ。
もしかしたら、その子が凛の事を忘れさせてくれる特別な子だったのかも知れないけど、同時に凛の事も頭に浮かんで、
それにあの子とは中途半端な気持ちで付き合ったりしたくなかった。本当に良い子だから、いい加減な事はしたくなくて…それで、気が付いたらごめんって謝ってた。」
「…。」
「その後家に帰ったら、裕次郎が今日凛と3人で遊ぼうって誘ってくれた。俺はすぐに良いよって返事した後、誰かに言いたくてモヤモヤしてたから、
凛の名前を伏せて昨日の事も含め今までのことを全部話したんだ。そしたら裕次郎は、俺の好きな人が凛だって事をすぐに言い当てた。」
「…。」
「びっくりして、何で分かったのって聞いたら、表情で直ぐに分かったって。…それで、裕次郎は凛も俺と居る時、同じような顔してるって言った。」
「っ…。」
「俺は、そんな訳ないって言ったよ。…昨日の帰り道だって、ボーっとしてたし。でも裕次郎は、絶対にそうだって引かなかった。
それで、賭けても良いって言い出すから、それは止めとけって言ったんだけど、簡単な賭けだからって。」
「…。」
「もし凛が、少しでも俺のことを好きな可能性があるって分かったら…自分は先に帰るから、俺は凛とふたりで残って告白するんだよって。」
「…。」
「だから…その。」
「…ちょっと待て、俺が知念のこと好きだって分かってたのにさっきあんなに緊張してたのかよ。」
「そ、それは…初めてだし、それに100%の証拠はどこにも無いから。」
「…くっくっく。」
「…くくっ、何で笑う。」
「別に……あ、だから昨日、別れ際に“また明日”とか言ってたのか?」
「…いや、その時はまだ今日集まる予定立てて無かったから。」
「ん?…じゃあなんで?」
「あれは、凛は気が付いて無かったかも知れないけど…いつも言ってる事なんだよ、次の日休みだろうが、何だろうが。
…約束はしてなくても、偶然でも、会えたら良いなぁっていう気持ちを込めて。」
「なんだ…それ…ぷっ。」
「いや、なんか言葉にしたら、本当に会える気がして。」
「…くくっ…でも、今日本当に会えたな。」
「…会えたね。」
「…。」
「…。」
「あのさ、俺も好きなんだ、知念が。」
「…。」
「俺…知念と付き合ったりとか、出来んの。」
「…うん。」
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「ゆーじろぉー!!裕次郎ゆうじろうゆうじろぉぉおおっ!おはよぉおおっ!」
「うわっ、なに!?おはよう?」
「裕次郎、マジでありがとう!」
「え、…何が?」
「…昨日。」
「あー、上手く行った?」
「ん。…な、寛。」
「うん。」
「本当に!?…そっかー、良かったねぇ。」
「裕次郎ー、お前マジで良い奴。」
「そう?…もっと褒めて。」
「くっく、お礼に特大のハグをやる!」
「あー、はいはい、ただ知念くんの恨みをかうだけの行為をありがとう。」
「あ、そっか…、じゃあ止めた。」
「うん、そうしてくれると助かる。」
「折角感謝の気持ちを表したかったのになぁ。」
「ふふっ、十分伝わってるよ。」
「マジで?」
「うん。」
「…。」
「…ねぇ、それじゃあさ、寛。」
「ん?何だ?」
「俺、…あの子の事好きになっても良い?」
「え。」
「え、えーっ、マジ!?裕次郎お前っ!」
「んー、マジ…にひゃっ。」
「わー、もしかしてお前、そのために寛に協力したのかよっ!」
「違いますぅ、あれはふたりの事を想ってやったことですぅ。」
「えー、ホントかよぉ。」
「ホントだよぉ。」
「くっくっく…。」
それが恋だと気付いたら、なんとなく毎日が楽しくなった。
それはスパイスみたいに幸せへ近づく隠し味になって、噛み締める程に喜びが溢れ出す。
甘いだけじゃない、苦かったリ辛かったり、しょっぱかったりする毎日だけど、
確かに今日は、昨日までとは一味も二味も違う格別な一日になった。