最近告白されて付き合いだしてから、殆どの時間をどちらかの家で過ごす事が多かったのだけれど、
珍しく凛がショッピングをしに出掛けようと誘って来たから、久々に着る服はどれにしようかなんて事で迷っている。
前に誰かが「知念君は手足が長いから何着ても似合いそう」なんて言っていたけれど、お洒落な恋人を持つと、
その隣を歩く自分も身なりにはそれなりに気を配らなければいけないような、そんな気にさせられるのだ。
漸く選んだ服を着て髪を整えると、鏡に映った自分が心なしか楽しそうに見える。
きっとこの表情の変化は凛くらいにしか分からないんだろう。
だからこそ、何も言わなくても分かってくれるからこそ、大切で特別な存在。
案外しっかり者の彼の事だから、もう待ち合わせ場所に着いているかもしれない。
最後に一度だけ前髪を整えて、俺は家を後にした。
たとえば、
「凛、おはよう。」
「おう、おはよう…なんか寛いつもと雰囲気違うな。」
「そうか?」
「うん、…かっこいい…と、思う。」
「ん…にふぇー。」
「うん。」
「…じゃあ。」
「行くか。」
別に久々に会った訳でもないのに、慣れない事をしている所為で気恥ずかしい雰囲気になってしまう。
まるでデートに出掛ける恋人同士の様だな、なんて考えて、実際そうなんだと思い出し、そんな事で何故だか笑い出しそうになった。
「なに笑ってるばぁ?」
「んー?まだ笑ってないさぁ。」
「なんだしよ、なんで笑いかけたのか教えろよ。」
「う−ん、…なんか今、一瞬『デートみたいだな』とかあびそうになったから。」
「…。」
「これ、デートだよな。」
「…うん。」
俺の言葉に頷きながらも、なんだか照れたように目を逸らす凛。
その反応が、素直にかわいいと思った。
「なぁ…ちゅーやバスで行くか?それとも歩き?」
「歩き…がいい。」
「分かった、じゃあ歩いて行こう。」
「うん。」
ここから目的のショッピングモールまでは大した距離じゃない。
だから歩いて行っても問題は無いし、凛がそうしたいと言うのだから俺はそれに従う。
なんとなくだけれど、凛に車道側を歩かせたくなくて、歩道の左側に移動したら怪訝な顔をされてしまった。
「寛。」
「ん?」
「ちゃーして急にそっち側に移動したばぁ?」
「え?…えーと、わん、歩く時は右側に人が居て欲しい派だから。」
「ゆくしあんにー?この前と逆の事あびとーさ。」
「…。」
「気使わんでいいさぁ。そういうの、弱い者扱いみたいでべーる。」
「…わっさん。」
「ぁ…。」
「ん?」
「はぁ…、また意地張って余計な事言ったと思って。」
「…。」
「本当は、寛がわんの為にやってくれた事だから嬉しくなかった訳じゃないんどー。やしが、わんもイキガやくとぅ…守る対象にされるのは嫌だ。」
「うん、わかってる。」
「じゅんにな?」
「うん。それを分かっててついやってしまった事だから、ごめんってあびたわけさ。」
「そっか。」
「うん。…じゃあ行きは、凛がこっち。」
「ん。」
「手繋ぐ?」
「アホか。」
「くっく…。」
ショッピングモールに着いて、凛に何か買いたいものでもあるのかと尋ねるとそうでもないらしく、俺達は端の方からウィンドショッピングを楽しむことにした。
俺にとって目的も無く店をブラブラすることは珍しく、男の自分が見て楽しめる様なものでもないけれど、それでも凛と一緒に居られるというだけで十分だった。
「そう言えばよぉ、この前裕次郎に“男同士でショッピングとかありえない”って言われたさぁ。」
「…確かにあんまり見かけないやしが。」
「うん。…なんか、何か目的があって行くならゆたさんしが、ブラブラとデートみたいな事してるとゲイっぽいって。」
「ふーん、…別に実際そうだから良いやしが。」
「言うと思った…から、誘った。」
「今日?」
「そう。」
「そうなんだ。」
「もちろんまじゅん出掛けたかったってのが一番大きいけど、裕次郎がイキガに誘われたら絶対行かないってあびてた場所、寛だったら来てくれるかやぁって思って、そんで。」
「うん。」
「寛が断るなんて事しないと思ったけど、…それでも今日、来てくれて嬉しかった。」
「くっく…、他には?」
「へ?」
「裕次郎、他にはイキガ同士で何処に行きたくないって?」
「…レストラン。」
「レストラン?」
「うん。」
「それと?」
「ケーキバイキング。」
「うん。」
「プリクラ。」
「うん。」
「映画。」
「…映画も?」
「ラブストーリーのやつな。」
「あぁ…。」
「あと、遊園地。」
「遊園地か…遊園地は、さすがに無理だな。」
「え…。」
「遊園地、ちゅーや無理あんにー、時間的に。やくとぅ…それ以外のやつ、むる行こう。」
「え、むる!?」
「うん、嫌?」
「い、嫌じゃねーらん!」
「くくく…。じゃあまずは、…アレな。」
そう言ってやってきたのは、丁度自分達が歩いていた場所の近くにあったゲームセンター。
正直なところ、プリクラなんてものは生まれてこの方一度も撮った事が無いので良く分からない。
けれど、凛の方は詳しそうなので任せておけば問題なさそうだ。
「寛ぃ〜?」
「んー?」
「どれにするー?…っ、…。」
「ん?どうした?」
「い、いや…何でもねーらん。」
「?」
「こ、これでいいかやぁ…も、もうどれでもいいあんに?」
「うん、正直よくわからないし、やーに任せる。」
「うん、じゃあコレで撮ろう。」
「ん。」
結局一番近くにあった機械を選んで中に入ると、眩しくて目が痛い。
プリクラは1枚撮るのに400円掛かるそうなので、2人で割って200円。
お金を投入した後は凛が何やら設定をいじっていて、俺はそれを後ろからじっと見ていた。
「OK、撮るぞ。」
凛の言葉とともに、機械音が鳴り出した。
ピロンッ
“それじゃあ行くよ〜! まずはカメラ目線でぇ〜!”
「寛、カメラこっち。」
「う、うん。」
“3、2、1、…カシャッ”
「あははっ、やーもうちょっと屈め。」
「うん、わかった。」
“次は、お星様にお願いするポーズでっ!”
「え、…え?お、お星様?」
「無視しろ、無視無視!そんなんいちいち気にしてたらオカマみたいなプリになるど。」
「わ、かった。」
“3、2、1、…カシャッ”
そんな感じで凛にポーズを指示されつつ、どんどん撮影が進んでゆく。
凛には表情が硬いだのなんだのと言われたけれど、ただでさえ表情に貧しい俺が可笑しくも無いのに笑えるはずもない。
“それじゃあ最後は自由なポーズでっ!”
「やっと最後か…。」
「寛ー…。」
「ん?」
「…何でもない。」
「…。」
“3、2、1、…カシャッ”
さっきまでポーズだけは凛が指示してくれていたから迷わずに撮れていたのに、急に何か言いたそうな目で黙りこまれるとどうしていいか分からなかった。
なんとなく、凛のその上目遣いがキスして欲しい時の目に見えて、しようかどうか迷ったけれど、結局凛は前を向き直してしまったし、
『何してんだよバカ!』とか怒られても嫌だし、そっと後ろに回り込んで、シャッターが鳴る寸前に頭にキスをするだけにしておいた。
それでもすぐに振り返った凛はすごくびっくりした顔をしていたから、もしかしたら俺は何か間違えたのかもしれない。
―ウィ―ッ…カコンッ―
「出て来た。」
「うん。」
「あいっ、すっげ…補正掛かり過ぎあんに。」
「補正?」
「うん…うり、これ寛の分。」
「にふぇー…。」
凛がどうやったのか、マジックみたいに印刷された点線も無い一枚のプリクラを真ん中から綺麗に2つにして、片方を俺に渡してくれた。
見てみると、確かに普通の写真ではこうはならないだろうと言う様な、加工された後の様な写真が並んでいた。
「確かに…凛、うじらーさんやしが目が…でかすぎる。」
「ははっ、それに肌の色っ!こんなんじゃーねぇよな。」
「うん、くくくっ…。」
俺達は少しの間撮ったばかりのプリクラを見比べてそれを財布にしまい、とりあえずゲームセンターを出た。
「はぁ〜、なんか…甘いもん食べたくなってきたさぁ。」
「じゃあ行くか。」
「何処に?」
「ケーキバイキング。」
* * *
『お客様、何名様ですかー?』
「あ、ふたりです。」
『2名様ですね、お席ご案内いたします。』
モールの案内図を見ていたら、ケーキバイキングは載っていなかったけれど、代わりにスイーツパラダイスというものを見つけたのでやってきた。
どうやらここにはケーキ以外のデザート類や軽い軽食なんかも置いてあるらしくて、甘いものだけになってしまうケーキバイキングよりは良いと思った。
ただ、お店がガラス張りになっていて、外から丸見えなので少し落ち着かない気分になる。
凛もそれは同じらしく、店に入ってすぐは辺りをキョロキョロ見回していた。
店員さんはそんな俺達に気を使ってか、なるべく外からは目立たない、店の奥の方の席に案内してくれた。
料理やデザートを取りに行くには少し不便だけれど、目立ちたくは無いので助かった。
「凛、先取ってきてゆたさんど。」
「ヤダ。まじゅん行こう。」
「え、ゆたさんしが…。」
「わん、絶対こんなとこに一人で取り残されんのなんか嫌やっし。別々で行ったら、寛が取りに行ってる間一人になるあんに。やくとぅ、まじゅん行こう。」
「うん。」
まぁ確かに、それは俺も思っていた事だったので了解してふたりでバイキングへ向かう。
思ったよりも本格的な食べ物なんかもあったりして、お腹も空き始めていた事だし、丁度良かった。
「ぁ…。」
「ん?どうした?」
「…カキ氷が、無い。」
「くくくっ…さすがに無いだろうな、それは。」
「えー、食べたかったさぁ。」
「帰りに何処かで買って行けばいいさに。」
「んー…。」
「イチゴのムースならこっちにあんどー。」
「どれ?…ホントだ、じゃあそれで我慢しよ。」
「うん、エライエライ。」
「うゎっ、さんけーって…からじボサボサになるあんにー!」
「くくくっ…。」
「くくくじゃねーらん…あ、ちょっと待て、一人で行くなよっ。」
俺達は店内をぐるりと一周回った後、何品かを皿に盛り付けて席に戻ってきた。
凛の方のプレートには、いちご系の物ばかりが盛り付けられている。
「つーか…やー、ほぼ炭水化物あんに。」
「だって、やーさいびーん。」
「まぁいいけど…あ、飲み物忘れた、取ってこよっと。」
「あぁ…。」
「寛は?さんぴん茶?」
「うん、さんぴん茶。」
「りょーかい。」
凛が飲み物を取りに何処かへ行ってしまったので、一人で先に食べているのも悪いかと思い、ぼーっとしながら待つことにした。
何気なく横を見ると、少しだけ離れた席に座る、ふたりで来ているらしい女性客と目があって、にこりと微笑まれた。
反射的にこちらも笑顔になったけれど、不気味になっていないかと心配ですぐに目を逸らしてしまった。
「寛〜っ!見てコレ!カキ氷!あった!飲み物の横にあった!」
「おー、良かったな。」
「うん、わんちゅーやカキ氷食べまくるさぁ。」
「腹壊わさないようにな。」
「わかってるばぁ…はい、さんぴん茶。」
「あぁ、にふぇー。」
「てゆーかよぉ、寛。」
「ん?」
「さっきからあそこに座ってるイナグたー、わったーのこと見てる。」
「あぁ、さっき笑いかけてくれた…から、知ってる。」
「な、ふざけんなよ、なにわんの寛に気易く微笑みかけて来てんだしよ。」
「くくくっ…気にさんけー、どうせわったーがイキガ同士でくまんかい来てるのが珍しいだけだばぁ。」
「ふん…、どうだかな。」
「…それより、早く食べんとカキ氷溶けてしまうどー。」
「お、あぁ、そっか、そうだった。」
「くくくっ…やしが慌てて食べると頭がキーンとなるからな、気をつけろよ。」
「わかってるって。」
「………あ、意外とまーさっさー、このパスタ。」
「じゅんにな?ちょっとちょーだい。」
「うん。」
「…あ、しんけん。」
「な?」
「うん。」
―キ―…、コツッ、コツッ………―
「あいっ…、ちょ、寛。」
「うん。」
見なくても、足音で分かる。
さっき俺に微笑みかけて来た女の人が、こちらに向かって来ているのだ。
時間帯を外した所為か店内には客が疎らで、こんな隅の方に座っているのは俺達位のもの。
それでも食べ物の置かれている棚から反対方向にあるこちらの方へ足音が近づいてきているということは、もちろん目的は俺達ということになるわけで。
なんとなく気まずくて、俺はとっさに何も気付かないフリを装った。
『あのっ…。』
「ひ、寛、コレまーさんどー、…は、はい、あーん。」
「え、…あ、うん……じゅんに…まーさん。」
「あ、…え?すみません、わったーに何か用でしたか?」
『い、いえ…なんでも無いですー、邪魔してごめんなさーい…あ、あはは…。』
「「あははー…。」」
―コツコツコツコツッ…、ギーッ、ガタタッ…―
「…ぬーがこれ。」
「うん、わっさん…なんか咄嗟にやってしまった。」
「まぁ、ゆたさんしが…気まずいな、でーじ。」
「うん。やしがじん払ってしまったしまだ帰ってなんかやらねー…絶対に。」
「うん、いいよ…凛は好きなだけカキ氷食べたらゆたさっさー、どうせあの人達の方が先に来てたし、もう時間になるのかも知れないし。」
「そうだな。」
「…そういえば、この後映画観に行くだろ?」
「あぁ、うん。」
「何か観たいラブストーリーあるばぁ?」
「…んなもんは、無い。」
「やさやー…、そもそも何がやってるのかも分からんし。」
「なら今ケータイで調べる。」
「おー、便利だな。」
「そうだろ。」
「うん。」
カチカチと携帯を操作しながら、凛がフムフムといった顔で画面を見ている。
しばらく画面をじーっと見つめたあと、凛は俺にいくつか質問してきた。
「んー…、じゃあ寛。」
「ん?」
「やー、洋画と邦画だったらどっちが観たい?」
「…洋画、かやぁ。」
「オッケ、その時点でもうほぼ決まった様なもんだ。」
「じゅんに?」
「うん、ラブストーリーっぽい邦画は4本で、洋画は2本しかなかったから。」
「へぇ、どんなのがあるばぁ?」
「んとな、ノンフィクションか、エロっぽいやつ。」
「ノンフィクション。」
「うん、分かってた。」
「決まりだな。」
「うん。」
「…ちゃーすが?」
「ぬーが?」
「字幕が1時間後で、吹き替えが1時間45分後。」
「まだたくさん時間あるし、吹き替えで良いんじゃないか?」
「んだな。」
「うん。」
「じゃあわんはカキ氷おかわりしてくるさぁ。」
「いってらっしゃい。」
* * *
『入って右、3番ゲートになります。』
凛が満足するまでカキ氷を食べて、スイーツパラダイスの制限時間、きっかり70分まで居すわった。
それからさっき決めた洋画のチケットを2枚買い、上映まで時間があったので本屋へ行き、それからベタにポップコーンやらドリンクやらを買って劇場内に入った。
「なんか、映画なんて久しぶりな気がするやっさー。」
「うん…わん、初めてだ。」
「は?寛映画観た事ないばぁ?」
「あらん、ラブストーリーなんて観るの、初めてって意味。」
「あぁ…、そういうことか。」
「凛は?」
「え、わんは…。」
「そういえば、昔付き合ってたイナグと観に行ったって言ってたな。」
「うん…、言った…っていうか行った。」
「くっくっく…別に、わんは気にしてねーらんどー。」
「うん。」
「なままじゅんいるのは、わんだからやぁ。」
「うん。」
そんな風に言いながら暗くなった館内で凛の手を握ると、一瞬びくっとした後、すぐに握り返してくれた。
―ビィ―――――――ッ…―
上映開始のブザーが鳴って、映画が静かに始まった。
背が高い俺が前の方の席に座ると後ろの人が見え難くなってしまうし、
どうせふたりとも視力は良いので見えない事は無いからと、後ろの方の席にしたのだから大きな音をたてたりしなければ何をしても問題は無いはずだ。
けれど、上映開始早々ちょいちょいと手を引かれて移動させられたのには驚いた。
「ぬーが?」
「うん、あっち空いてるし移動しようぜ。」
「え?いいのか?」
「うん、どーせ客全然居ないし。」
「んー。」
「平気平気。」
そうして移動してきたのは、ソファーの様になっている広い座席。
―あとから聞いたところによるとあれはカップルシートというらしい―
そこに座ってドリンクなどを前にあるテーブルに置いたら、凛は靴を脱いで本格的にくつろぎ出した。
それは別に構わないのだけれど、今誰かが後ろを振り返ったりなんかした時には大変だよなぁと、そんな事を思った。
暗い中なので他人から見ると凛の長髪が女の人に見える可能性もあるが。
「寛…。」
「ん、…ん?」
「寝てた?」
「寝てない…起きてる。」
「…ホラーじゃないから詰まらない?」
「そんなことねーらん。」
「そっか、ならよかった。」
「凛は?」
「好き。」
「え?」
「わん、こういうの結構好きなんばーよ。」
「へぇ、意外だな。」
「うん、それ前にも言われた。」
「…誰に?」
「………前の、イナグとか。」
「くっくっく…。」
正直に言うと、寝入りかけていたのは事実だ。
でもそれは凛も同じだと思っていたからで、凛が面白いと言うのならば観てみる価値もあるかも知れない。
それに、映画を観終わった後に話を振られて、覚えていないでは済まされない気もするし…。
「っ………、ずっ、…っ…。」
「え。」
「ぅーっ、…ぬーがこれ、ヤバい…涙止まらん…っぐ、…。」
「……………っぷ、…くくくくくくくっ。」
「えー、…っ、ぅ…笑わんけーって…最悪…。」
「わ、わっさんやぁ…やしが、…くすっ…凛がよ、でーじうじらーさんで…くく、よしよし。」
「ぅーっ、もう最悪最悪最悪っ…。」
「はははっ…。」
隣からすすり泣きみたいな音が聞こえて、まさかと思って観てみたら、そのまさかだった。
凛が、画面を見つめながらボロボロ涙を零している。
ノンフィクションといえど映画にここまで感情移入出来るなんて凄いと思ったし、なんだか普段の凛の印象とはまた違う、可愛らしい一面を見せられて思わず笑ってしまった。
たまらず頭を引きよせて撫でたら、最悪って言いながら押し返して来たけど、構わず頭を撫で続けたら、今度は凛の方から俺の肩に頭を預けて来た。
「笑わんけー…。」
「もう笑ってないさぁ。」
「一回でも笑ったらダメだったのに。」
「わっさん、つい…可愛くて。」
「最悪。」
「わっさんって。」
「最低。」
「わっさいびーん。」
「最っ…、ん…。」
「…許して?」
「……………もう一回してくれたら。」
「くくっ…。」
キスで許してもらおうだなんてちょっと卑怯かもな、なんて思ったけれど、凛は許してくれるって言ったからそれで良いんだと思う。
もう一度凛にキスをして、抱き寄せる。
俺が凛を抱きしめながら再び画面に視線を寄こすと、丁度映画の中でもキスシーンに移り変わっていて。
きっと凛はこの映画の一番良いシーンを見逃したのだと思うのだけど、怒ってないといい。
「どうだった?映画。」
「面白かった…やしが良い場面見逃した気がする。」
「うん、わんもそう思う。」
「だよなぁ…。」
「うん。」
「…なぁ、次何処行く?」
「あと何処か行ってないところあったかやぁ。」
「んー…、あっ。」
「ん?」
「レストラン。」
「あー…。」
「正直わん、それ意味くじ分からん。」
「うん、それはわんも思った。ちゃーしてレストラン?」
「そうそう、それ。」
「普通に行けるあんに。」
「うん、しかもさっきスイパラ行ったせいでわたみっちょーん。」
「スイパラ?」
「スイーツパラダイス、略してスイパラ。」
「あぁ…、だーるな、わんも。」
「わん…正直、もう帰りたい。」
「…疲れた?」
「ううん。」
「…楽しくなかった?」
「あらん、楽しかった…でーじ。」
「よかった。」
「やしが、…帰りたい。」
「わかった、じゃあ…帰ろう。」
「うん。」
「手繋ぐ?」
「…。」
「…冗談。」
「早く帰ろう。」
「うん。」
帰りは、バスで帰った。凛がそうしたいって言ったから。
凛の良いところは、こうやって俺に執拗に意見を求めてこない所。
前にそれを本人に言ったら、凛は『寛のいいところは何でもわんの我がままを聞いてくれるところ。』とか言ってたっけな。
つまり、お互い無理なく一緒に居て楽だと思う条件を満たしてるって事。
バスを降りたら、凛が家に来るよなって聞いて来たから、俺はうんって答えた。
「っ…ねーねー、ただいま。」
『おかえり。』
「お邪魔します。」
『あ、ひろしーもおかえり。』
「…ただいま。」
『ふふっ…、お母さん帰り9時頃になるって。』
「ん、分かった。」
リビングで一人テレビを見ていた凛のお姉さんに挨拶をして、部屋を通り過ぎた所から凛が急に早足になった。
なにか怒っている様な、焦っている様な手つきで自室の扉を開けた凛に、早くしろと急かされるように腕を引っ張られて部屋の中へ足を踏み入れる。
―パタンッ…―
「はぁ〜…、あぶな……。」
扉を閉めて早々、凛がギュッと抱きついてくる。
それに抱きしめ返しながら頭を撫でてやると、凛が安心したように息を吐いた。
「ねーねー居る事気付いて良かった…、そのままキスしかけたさぁ。」
「…くくっ。」
「ひろしぃー…。」
「んー?」
「好き。」
「うん、わんもしちゅんど。」
「なぁ、キスしよ。」
「うん。」
「んっ…、さっきからずっと我慢してた。」
「そうだったのか。」
「うん…ゲーセンで、普通にキスしそうになって焦ったし…。」
「くっく…。」
「いつも家に居る時みたいにしそうになる。」
「そうだな、さすがに外じゃ人の目があるからできないけど…な。」
「うん…。」
「…。」
「…。」
「…凛。」
「ん?」
「とりあえず座らないか。」
「うん。」
「…。」
「…。」
「凛。」
「ん?」
「座らんばぁ?」
「うんー、もうちょっとだけ。」
そう言って凛は、一度だけすぅーっと思いっきり息を吸い込んでから身体を離した。
「なぁ、寛なんか飲みたい?」
「ううん、平気。」
「じゅんに?」
「うん。」
「なら、ここ座って。」
「うん。」
言われた通りにベッドへ背を預けるようにして座ったら、凛が子供みたいにして胡坐をかいている俺の脚の上へ向かい合わせに座り、ベットリとくっつくように抱きついてくる。
いつもはここまでしないのに、凛がこんな風にくっついてくる理由は、さっき本人が言っていた“我慢”の反動かもしれない。
俺の方も悪い気はしないので、凛の背中の方へ腕をまわしてギュッと抱きしめ返した。
「…んー、ひろしぃー。」
「うんー?」
「好きー。」
「うん。」
「…たまにはさ、外でデートもゆたさんしが…やっぱ家が一番落ち着くさぁ。」
「うん。」
「誰の目も気にしなくて良いし、こんな風に寛にくっついてても何も言われないし。」
「だーるな。」
「…よかった、寛がイキガで。」
「え………、ちゃーして。」
「うんー…、寛がイナグだったらそう簡単に家に呼べないばぁ?それに、そもそもわったーが仲良くなってたかも怪しいし…。」
「そっか、…じゃあ。」
「うん?」
「前のイナグ、あまり家に呼ばなかったのか。」
「うん、…あまりっていうか、一回も。」
「え、しんけん?」
「うん、ウチ両親意外と厳しいばぁ?それに、イナグを家に呼ぶと変に警戒されてくっつけない訳よ。」
「あー…。」
「だから、寛イキガやし、良かった。」
「…なんか、意外だ。」
「ぬーが?」
「逆の事言われるかなって、少し思ってたから。」
「んー?」
「やーがイナグだったら良かったのに、とか。」
「あぁー…別に、わんはそんな風に思った事はないばぁよ。…自分がイナグだったら良かったのかな、とか…思った事はあるやしが。」
「…。」
「寛に告白する前とか、な。」
「…。」
「やしが、今は寛がイキガのわんでも好きって言ってくれるから、そんな事思わなくなったんどー。」
「うん。」
「にふぇーどー、寛。」
「うん。」
「じゅんに…でーじ、でーじ、しちゅん。」
「うん、わんも…いっぺーかなさんど。」
やっぱり“男同士”というと、それだけで何をするにも人目が気になってくる。
普通だったら、男同士でのプリクラも、ケーキバイキングも、ラブストーリも、周りの目が気になって仕方ないかもしれない。
でも、たとえばそれが凛とだったら。
俺はふたりきりで遊園地に行く事だって気にならないし、なんでも出来てしまいそうな気がする。
凛だったら、俺は自分の性格の事だって、男だって事さえも気にならなくなる。
だから、大切だ。とても、大切な存在。
こんなにも特別な存在に出会えたからには、とことん大切にしてやりたいって思える。
生きていてそんな気持ちになるほど幸せな事は無いんじゃないかって、そんな事も思うんだ。
たとえば俺達がお互いに出会わない運命だったらって、俺はもう、そんな事想像できないくらいになってる。