〜♪〜

11月9日0時ちょうど。
携帯に何かを受信した事を知らせるボイスが流れた。
丁度本を読んでいて章の終りの切りの良い所だったので、
その2、3行を読み終えてから携帯を確認しようと思っていたのだけれどなかなか音が止まない。
どうやら通話を受信しているようだ。相手が誰なのかは分かっている。

甲斐クン。

ディスプレイに表示された文字を確認するまでも無く、
彼が勝手に録音、受信設定した彼自身の声が携帯から流れているのだからそうに決まっている。
外に出る時は大抵サイレントモードにしているために誰にも聞かれる事は無いけれど、
万が一他人が聞いたらどう思うだろうと、そんな様な内容のものだ。

「もしもし。」
『お!えーしろー!』

電話を取って通話ボタンを押す。
こちらが電話に出たことを知ると、甲斐クンはこんな時間にも関わらず大声で話し出した。

『えーしろぉ…電話出てくれないからでーじ焦ったさぁ。』
「ああ、ごめんごめん。今本読んでて。」
『本!?…まあいいや。とにかく12時ぴったりに言いたかったからよぉ。』
「はぁ…12時。どうしたの?こんな時間に。」
『ん、永四郎とぅしびかりゆし!生まれてきてくれてありがとう!!』
「あ…。」
『…あ、って何。まさか、忘れてたとか言わないよな。』
「…お、一昨日くらいまでは覚えていたんですよ!本当に!」
『ぷっ、まあいいや。ってことはまだ誰も言ってないってことあんに?』
「まあ、そう言うことになるね。ありがとう、裕次郎。」
『うん。』
「…あの、」
『ん?』
「好きだよ。」
『…。』
「…あ、え、えーと、電話ありがとう!うん、おやすみ!」
『え!あっ!えいし…』

ピッ

…勢いで普段言わないような事を言ってしまって自分でも驚いた。
甲斐クンも何か言ってくれればいいものを、
黙りこくって何も言わないものだから思わず焦って電話を切ってしまった。

誰に見られている訳でもないのに真っ赤になった顔を隠す様に部屋中の電気を消してベッドに滑り込む。
布団に潜ってから気が付いた。眼鏡、着けっぱなしだ。
そろっと布団から顔を出して息を吐くと、部屋中の明かりを消したはずなのに妙に明るかった。
そうか、思い至って窓に近づいてカーテンを開ける。

今夜は、月が綺麗だ。

月が生まれた日

今日は永四郎の誕生日だ。
俺の一番大切な人の、誕生日。
だから今日が始まった瞬間におめでとうを言いたくて、
五分前から携帯で永四郎のメモリを開いて後は通話ボタンを押すだけって状態にしておいた。
それから0時ぴったりに電話を掛けてウキウキした気分で待っていたのに、
一向に出てくれないからかなり焦った。
やっと出たと思ったら本を読んでただのなんだのって。
揚句自分の誕生日も忘れてたって言うんだから、まったく。
他人の事に関しては何事もぬかりないくせして、自分の事には呆れるくらい無頓着だ。
それから、自分の言動がどれほどの威力を持っているのかも分かっていない。
本当は電話だけで我慢しようと思っていたのに。
好きとか、永四郎が好きとか言うから。
またしても身体が勝手に動き出していた。
気が付いたら自転車に跨って風を切っているんだ。
これはもう、自分ではコントロールのしようがない本能みたいなものだから。
だから仕方がないって目を瞑ってやってよ。

通い慣れた道を、ひたすら自転車を走らせて行く。
いつもは明るいこの道が、街灯もほとんどない夜道とあってはさすがに薄気味が悪い。
だけど今日はなんだか辺りが、妙に暖かい色をしている気がした。
ふと見上げると空に一段と輝く月が浮かんでいて、なるほど明るい訳だと一人で納得する。
満月になりかけた丸い月が、眩しいくらいの光を放っている。

…永四郎、みたいだ。

美しくて優しい光が、俺の行く道を照らしてくれる。

いつだったか永四郎が俺を太陽みたいだと言った事があった。
皆を笑顔にさせる、太陽。

「裕次郎クン、笑って。」

周りを笑顔にさせるには、自分も笑顔でいなきゃだめなんだって、
君が笑えば、俺も笑えるからって、だからいつも笑っててって、
そう言った永四郎は、あの時からずっと俺を支えてくれていた。
太陽なんかよりずっと、眩しくて、優しい色をした綺麗な光。
今もまだ、俺の心の一番深いところを照らしている。

カシャンッ…

永四郎の家の前まで来て、自転車を止める。
部屋に明かりは…点いていない。
さっきので怒って寝ちゃったかな、とか、こんな時間だし普通に寝てるか、とか。
色々考えてメールしようかどうしようか悩んで、それでも折角ここまで来たんだし、と結局メールを送ることにした。
さっそくメールを作って送信。一瞬間をおいて、俺の声が間近で聞こえて来た。
びっくりして顔を上げる。永四郎が、立っていた。

「な、なんで。」
「月を見ていたらね、君が来るのが見えたから。」
「そ、そっか。」
「今日も来てくれたんだね。」
「うん。やっぱり会いたくなって、来ちゃった。」

くすりと笑った永四郎に近づいて、そっと抱きしめる。

「永四郎、とぅしびかりゆし。」
「うん、ありがとう。」
「それから、…好き、大好き。」
「…。」
「さっき、言いそびれたばぁ。嬉しくてね、ジ―ンとしてたら電話切れちゃって…。」
「…。」
「だから、今言わせて。永四郎が、しちゅん。誰よりも、かなさんどー。」
「うん。ありがとう。」
「…ねえ、キスしてもいい?」
「なんで?」
「なんで?…え、好きだから。」
「はは、裕次郎のことだから、それがプレゼントだとか言うのかと思ったよ。」
「あびねーらん、そんな事。それじゃあわんの誕生日とかぶる。いつも同じ事言ってるみたいになるさぁ。」
「そっか、じゃあ遠慮なくキスして貰います。ん。」

そう言って少しだけ突きだされた唇に、ちゅっと軽く音を立ててキスをした。

「はぁ、よかった。」
「なにが?」
「裕次郎に出会えて良かったなって、思ってみたの。」
「そ、そっか。」
「見つけてくれた事、感謝してるよ。ありがとう。」
「あ、…えと。」
「くくっ、ちょっとさっき読んでた小説に影響され過ぎたかな?でもそう思ってるのは本当だよ。」
「うん、わんも永四郎が生まれてきてくれた事に感謝してる。」
「そう?」
「うん。」
「今日、泊ってく?」
「いいの?」
「うん。」
「じゃあ泊る!」
「ふふ、じゃあ上がって。」
「うん。」

ゆっくりと玄関を閉めて2階に上がる。

部屋に入ると甲斐クンが電気も着けずに開けっぱなしの窓に吸い寄せられるようにして近づいた。

「今日は、電気が要らないくらい明るいな。」
「そう、今日は…月が綺麗なんだ。」


地球から一番近い衛星。
だから月は地球にも色んな影響を与える。
太陽が放った光を、月が地球に届けてくれる。
明るすぎず静かに、月は夜を美しく飾ってくれる。
偶にハッとするくらいに綺麗な、そんな月が俺に頬笑みかける。
そんなもの、見逃すはずが無い。
見惚れないなんて、出来るわけが無い。
生まれる前から知ってた。
その光が俺にとって一番大切なものになるってこと。
今はそんな気がする。

月明かりに照らされた横顔が、ふっとこちらに笑いかけた。

確かに今夜は

月が、綺麗だ。


月が生まれた日。


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