噂のふたり
―コツンッ―
6時間目、英語。
世の中にこれほど理解しがたいものは他に無いと思うほどに英語は苦手なので、
今日の授業もただの暗号と化してちっとも頭に入ってこない。
その内だんだんと瞼が重たくなってきて、気がついたら机に突っ伏して眠ってしまっていたらしい。
暖かい陽射しの降り注ぐ窓際の席になってから、6時間目の英語の授業は大体そんな感じで過ごす事が常になっていた。
そんな風にしてまどろんでいると、頭に何かが当たった感覚。
教師に小突かれでもしたのかと頭を上げると、机にはかわいらしいメモ用紙が複雑に折られて落ちていた。
これは、俺に読めという事だろうか。
特に何も考えずにメモ用紙を開く。俺の周りに座る女子数人が、一斉に息を呑む気配がした。
″えー、木手くん?確かにかっこいいけどさぁ、ちょっと無愛想過ぎやしなかい?″
″そこが良いんじゃない!冷たくあしらわれたいっ www″
″ドMかっ!まあ、知ってたけど w″
″あ、私もわかる…なんかクールなところが良いよね、彼。″
″クールで言ったら平古場は?″
″平古場はクールっていうかあれじゃない?ちょっと頭が″
″将来ハゲそう?″
″そっちじゃないっしょw お馬鹿って事よ″
″でも良いと思う。何ものにも染まらない感じが。″
″でもちょっとでも束縛しようものならすぐ別れる!とか言ってきそうじゃない?″
″あー、確かに!恋愛は束縛してなんぼでしょ。″
″で、一人だけまだ白状していない子が居るよ?″
″吐きなさい″
″うん、聞きたい。″
″おしえてー。″
″あー…、私か…あのさ、笑わないで欲しいんだけど″
″誰だれ?″
″わくわく″
″全然想像つかない。″
″笑わない!絶対!″
″私さ、甲斐くん結構好きかも″
「…。」
何故だか、すべて読んでしまっていた。
最初にメモを開いた瞬間から、それが何なのかなんて容易に想像が出来たはずなのに。
それは所謂女の子特有の手紙交換だとかってやつで、
だから男が首を突っ込んで良いようなものじゃないってのはちゃんと分かってたけれど。
全てを読んでしまってから唖然として顔を上げると、何人かの女子がこちらを見ていたけれどすぐに目を逸らされた。
ひとりだけ、ずっとこっちを見てるやつが居る。
早くそれを返せと言っている様にも、しまったという顔をしている様にも見える彼女へ向けて、
俺は文字を書き足したメモ用紙を折線に合わせて折ってから投げつけた。
“悪かったな、馬鹿で将来ハゲそうでわがままで。やしが裕次郎はわんのだからダーメ”
向こうでは、俺が投げつけたメモを開いて読んでいる気配がする。
ちろっと様子を伺うと、読み終えたらしい彼女がすごい勢いでこちらを見た。
目が合ったので、にやりと意地悪く笑った顔を見せ付けてやる。
すると彼女は猛スピードで何かをメモに書き足して、それを斜め後ろに座る女子に回した。
それからメモ用紙はどんどん違う女子へ回っていって、俺からはあんな事を書いていたメンバーが丸分かりになっていた。
俺の事を馬鹿だとかハゲだとか言ったやつ全部な。
そうしてしばらく様子を伺っていると、メモ用紙がなぜか再び俺の元までめぐってきた。
不信に思いながらもメモ用紙を広げて見てみると、当たり前だが内容が増えている。
″え!?なにそれなにそれ!?どういうこと!?″
″愛が見えますねぇ″
″何ぃっ!?俺のもの発言出ましたっ!″
″怪しい。とてつもなく。″
″すみませんが説明をお願いします、詳しく″
「…。」
″詳しく説明っつってもよぉ、書いたままだし。″
一言書き足して回すと、それはすぐに一周して帰ってきた。
投げつけられたメモをキャッチしようとして、取り落とす。
「うぉっ!」
慌てて拾ったは良いものの、教師にバレそうになるし、
前でイビキでも欠いていそうに気持ちよく眠っていた裕次郎も起こしてしまった。
裕次郎は肩をビクッと跳ねさせて、慌ててこちらを振り返る。
「な、ちゃーした?凛君。」
「い、いや…何でもねーけど。」
「そっか、なら良いやしが…ぬーやが、それ。」
「え?…あぁ、これ?何でもねーらんばぁ、気にさんけー。」
「ふーん、…ふぁぁぁ…まだ30分もあるしよぉ………もっかい寝よ。」
「おー、寝ろ寝ろ。」
裕次郎が再び眠りの世界へ入っていったことを確認して、メモ用紙を開く。
″書いてあるままってどういうことよ?″
″うんうん″
″俺のもの=付き合っている という発想にしかならん″
″同感。″
″まさか!違うよね?イメージからかけ離れすぎてる″
″違くねーけど、内緒な″
そんな感じでメモ用紙を回していったら、
紙を換えながらも授業終了のチャイムが鳴るまでやり取りが続くことになった。
″おわぁぁああぁあぁああぁっ!たった今失恋しました私っ!″
″あーっ!どんまぁああぁぁあああぁいっ!″
″こんな近くにBL男子が潜んでいたとは…。″
″何故だか、嫌な気はしない。″
″確かに、イメージとはかけ離れてるけどそれはそれで良いと思えてくるかも″
″お、しんけん?いったー良いやつらだな。″
″あー、まぁふたり仲良いし平古場くんなら負けてもしょうがないって思える。″
″らぶらぶ?″
″いつから付き合ってんの?告白はどっちから?どこまでいったの?″
″プライバシー完全無視。″
″答えによってはこちらが困る事になる質問の数々 www″
″じゃあご想像にお任せしますとでも言っておきましょうか。″
・
・
・
―キーンコーンカーンコーン―
「…ふぁぁぁあっ、良く寝た。」
『授業が終わってすぐに言うことじゃないなぁ、それは。』
「うわっ、しかんだ。」
『ってことでほら、コレ資料室にしまっておいてくれー。』
「げ、…こんないっぱい。」
「やーが寝てるのが悪い。」
「えー、どうせ凛君だって寝てたあんに?」
「んー?わん?わんは一応“起きて”は居た。」
「えっ、なにそれでーじ珍しい。」
「なんだよ。」
「だって英語だよ?英語の授業で凛君が起きてるなんて…。」
『くすっ…じゃあ平古場くん、明日ねー。』
『バイバイッ!』
『また色々聞かせてね。』
『また明日。』
『仲良くな、じゃ。』
「おー。」
「…しかもなんかいなぐと仲良くなってるし。」
「なんだよ、羨ましいのかよ。」
「いなぐたーがね。」
「ぷっ、…よし、いくぞ。手伝ってやる。」
「え、どうしたの?優しいね、今日。」
「いつもだって手伝ってやってるあんに?」
「そっか、それもそうだね。…ん?ていうかいつもは凛君も寝てるから一緒にやらされてるだけだよね?」
「まぁいいんだよ、早く行くぞ。」
「うん。」
資料室に辿り着いた俺達は、扉を開けて中に入り、
両手に抱えた資料たちを元あった場所に戻していく作業に取り掛かった。
「はぁ…、なんで英語なのにこんなに資料持ってくるの?あの人。」
「世界地図とか、要らねーだろ。」
「あー、難儀やっさぁ。」
「これとかどっから取ったんだしよ?」
「なにこれ…あ、あそこの棚にあるのそれと同じあんに?」
「本当だ。」
「しんけん英語の授業でどんだけ資料使うの…寝てても起こされないから良いやしが。」
「おー…。」
・
・
・
「ほあぁー、やっと片付け終わったさぁ。」
「あぁ…、なんかこんだけで疲れた。」
「よいしょ、行こっか。」
「ん…、やしがその前に。」
「…んっ、ふ、…へへっ、凛君大好きー。」
この後も部活でなかなか裕次郎に触れられるチャンスも無いと思ったし、
資料室を出る前に、ふたりきりで居られる今の内に触れておこうと思った。
そのまま資料室を出て行こうとする裕次郎の腕をつかんで不意をついてキスをしたら、
犬みたいに“大好き”って言いながらぎゅっと抱きついてくる。
なんだか今にも尻尾が見えてきそうな裕次郎の背中に俺もゆっくりと腕を回すと、さらに強い力で抱きしめられた。
こうしていると、暖かくて心地がいい。
ずっとこうしていたいなんて思うけれど、それは無理だと分かっているから。
あと少しだけ。思いきり裕次郎の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、目を瞑った。
その時、突然裕次郎の身体がビクッと固まるのが分かった。
「…どうした?」
「…凛君、どうしよう。今誰かに見られてた。」
「え?」
慌てて振り返ってはみたものの、窓の外にはすでに誰の目も無かった。
けれど確かに向かいの棟の踊り場の様子が、ここからでも容易に伺える。
つまり向こうからもこちらの様子が良く見えているということで…。
それは3年生の教室と昇降口を繋ぐ階段の踊り場だった。
だから俺達を見ていたというのも3年生の可能性が高い。
俺はもう、誰に見られようがなんだろうがどうでも良かったのだけれど、
それでも裕次郎はその事をすごく気にしているみたいだった。
多分裕次郎は、俺が裕次郎と付き合っている事で変な目で見られることが気になるのだろうと思う。
俺は裕次郎さえ側に居てくれれば、他人にどう思われようが構わないのだけど。