結局永四郎にはチョコレートを貰う事が出来なかった。
あの時永四郎はチョコレートの材料を買っていたはずだから、たぶんチョコレート自体は作ってくれているだろうと思う。
もしかしたらコレの所為で永四郎を怒らせてしまったのかもしれないと、手元に握らされた大量の紙袋を見つめてため息がこぼれた。
初めはもちろん誰からもチョコレートは貰わないつもりだったし、直接渡そうとしてくれる子からも受け取る事を断っていた。
それなのに、ある女の子が今にも泣き出しそうに目を潤ませて“今年が最後なのに”だとか言う所為で、
そのチョコレートを言われるままに受け取ってしまった。
それを皮切りに周りで見ていた子達も次々にやってきて、結局今年も大量のチョコレートを持ち帰ることになってしまった。
「ただいまー。」
『裕次郎、今日は早いな。』
「んー…。」
『お、やーは今年も大漁だな。そうか、そんなに荷物たくさん持って寄り道できないもんなぁ。』
「んー…。」
『そんなにモテモテで何が気に食わないんだよ。そんなもん大量に抱えてそんな暗い顔してたら周りから恨まれるぞ。』
「はぁ…。」
別に、荷物が多かろうが少なかろうが寄り道には邪魔にならない。
そんな理由じゃなくて、永四郎の事を考えていたらいつの間にかまっすぐ家までの道のりを辿っていた。
『あ、わかったぞ。裕次郎、やー好きな子からチョコもらえなかったんだろ。そうだろ。』
「…にーにー、そっとしておいてよ。」
『ん、おお、悪い…。』
「はぁ−…。」
『…。』
自分の部屋へ入ってベッドにダイブすると、どうしても考えに没頭してしまって気分が晴れない。
それからしばらくぼーっと考えていると、こんな風に悩んでいる原因がこの大量のチョコレートなのだからそれをどうにかしようと思った。
俺は勢い良く起き上がり紙袋を手に取ると、そのまま外に駆け出して自転車のかごにそれを突っ込み、思い切りペダルを踏み込んだ。
・
・
・
「わっさいびーん、でもこれはやっぱり受け取れないさぁ。本当にごめん。」
ようやく最後のチョコレートを返し終わった。
伊達に配達の手伝いをしているわけではないぞと、そうい言いふらしたくなるくらいにこの辺の地理には詳しいし、
いざとなったら誰かに聞けば良いと思っていたから住所が分からなくて困る事もそんなに無かった。
本当は寄り道の功績だという事はあえて考えないことにする。
そんなことよりも、折角チョコレートを渡してくれた女の子には悪いけれど、
チョコレートを全部返し終わった事でやっと心のつかえが取れて気が楽になった。
もちろん皆が一生懸命作ってくれたお菓子だということは分かっているから、気持ちだけは受け取っておく。
貰ったチョコレートは随分たくさんあったから思ったよりも時間がかかってしまったけれど、最後に行かなければ行けないところがある。
俺は空っぽになった自転車のかごを満足そうに見た後、永四郎の居る場所へ向けて自転車を走らせた。
―ピーンポーン―
『はーい。』
「あ、はいさい。」
『はいたい、裕くん。…どうしたの?もしかしてにーにーに用?』
「うん、呼んで来てもらえないかやぁ。」
『わかった、ちょっと待っててね。』
「うん。」
『…ごめん、今にーにー手が離せないって。』
「え…、じゃあ家に上がらせてもらっちゃダメ?」
『ええとね、聞いてくる。』
「…。」
『…あのね、にーにーがもう少し待ってって。』
「分かった…。」
それからしばらくして永四郎が出てきた。
永四郎はなぜか複雑な顔をしていて、なんだか不安な気持ちになる。
「甲斐クン、お待たせしました。すこし歩きましょう。」
「…うん。」
「裕次郎。」
「ん?」
「君、何か用があって来たんじゃないの?」
「うん、そうやしが。」
「…随分と暗い顔をしてるね、何か悲しい事でもあったの。」
「うん、でも今わんが暗い顔をしてる理由は永四郎が暗い顔してるから。」
「そっか、ごめん。俺のは別に、対した事じゃないですから。」
「そうなの。」
「うん、それより何かあったなら言ってごらん。」
「はぁー…永四郎、わん今年も好きな子にチョコレート貰えなかったさぁ。
好きな子っていうのはもちろん永四郎のことやしが、もしかしてわんが怒らせたからチョコくれないの?」
「…そんなことは無いですよ。」
「あのね、これ見て。袋空っぽでしょ?」
「…どうしたの?あんなに一杯あったのに。」
「うん、全部返して来た。…永四郎のが欲しかったから。」
「…。」
「ねぇ、許してくれる?」
「…最初から、怒ってなんか居ません。それはまぁ少しは嫉妬しましたけど…。」
「え、嫉妬?」
「うん、だってこの前はチョコを受け取らないみたいな事言ってたのに。」
「そっかぁ、やきもちか。」
「ええ。」
「ねぇ、じゃぁさ、永四郎のチョコちょーだい。」
「しょうがないですね。…悪いけどチョコはないんだ、その代わり目を瞑って下さい。」
「え?目?」
「うん、早くしてよね。」
そっと目を瞑ったら、甘い香りがふわっとして、それから少しビターなキスが降ってきた。
バレンタインにキスなんて、初めて貰ったな。
意外とロマンチストで皮肉屋で、でも溶けそうなくらいに優しいキスをくれる、
そんな永四郎にはぴったりの、彼らしい贈り物だと思った。
「君は色んな子からチョコレートを貰っているから、こっちの方がいいでしょう。」
「…永四郎、わん嬉しい。今まで貰ったバレンタインのプレゼントの中で一番。」
「そう、本当はチョコレートでも良かったんだけど。」
「うん、でも永四郎がそうやって色々考えてやってくれた事あんに?だからわんは嬉しい。」
「…本当はチョコレートが上手く作れなかっただけなんですけどね。」
「…え。」
「どうしても甘くなりすぎるので、今日もさっきまで挑戦していたんですが、今度は逆に苦くなってしまって…。」
「なんやっしー、先に言えしそれー!」
「まぁまぁ、来年は必ず上手く作ってみせますから。」
甘い甘い恋のチョコレート、それよりももっともっと彼のキスが甘かったのは、
彼が自分で食べてしまったという、想いが一杯詰まったチョコレートの所為だったのかな。
バレンタイン・キッス