『えー、デブッ!何処行ってたんだよ、探しただろうがっ!』
『何処って、平古場に見つからずに済む場所さぁ。』
『ふっざけんなっ!』
『あがっ!…だから嫌なんばぁ、平古場はそうやってすぐに暴力振るうあんに?』
『うるせぇっ、良いから早く行くぞ!』
『はぁ…。』
昼休み、一組の教室の窓から外を見下ろすと、凛君と慧君が話しているのが見えた。
凛君はああやってすぐに慧君の嫌がることを言ったり行ったりするけれど、
実際はなんの意味があってあんな行動に出るのか俺には良く分からない。
特に昼休みなんかは“田仁志が食べている姿は汚くて食欲が失せる”だとかなんとか文句を垂れるくせに、
いつも凛君の方から慧君を誘って屋上で一緒に昼食をとることを強要させているんだ。
今だってきっと、一緒にお弁当が食べたくて慧君を探していただけなんだと思う。
凛君は素直じゃないから絶対にそんなことを口に出して言ったりはしないけれど。
「凛君ってあれ、本当は慧君のこと好きなのか嫌いなのか分からんばぁ。」
「好きなんでしょ。そうでなかったらあんな風にいちいちちょっかいをかけに行ったりしませんよ。」
「だーるな、…なんか好きって面白い。」
「そうですね、人が人を好きになるというのは不思議な事です。モヤモヤしてみたり、イライラしてみたり、ズキズキ心が痛んでみたり。
一見嫌いとも取れる感情なのに、それが好きだという事は自ずと分かる。考えてみると好きと嫌いの境目というのはハッキリしているようで案外曖昧なものですね。」
「うん。でも自分から会いに行っちゃうくらいだからやっぱり凛君は慧君のこと結構好きなんだね。」
「そうですね。ところで副部長さん。」
「ん?」
「君にひとつ仕事を任せたいと思うのですが。」
「なになに?」
「これをレギュラーの部員に配って来て下さい。」
「おう。」
「平古場クンと田仁志クンはあの様子じゃ屋上に居るでしょうね。知念クンはこの時間だと実験室に居ますからそこまで届けてあげて下さい。俺は不知火クンと新垣クンの方へ行きますので。」
「うん、分かった。行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
あ・い・ま・い
―ガラガラッ―
「寛!」
「…裕次郎か、どうした?」
勢い良く実験室の扉を開けて名前を呼ぶと、
実験台を背凭れにして椅子に座っていた寛が手に持ったマグカップから視線を上げてこちらへ寄こした。
それからカップの中身をひとくち啜り、一息ついてからどうしたのかと訪ねられたので、
俺は永四郎に持たされた三枚のプリントのうち一枚を抜き取って渡す。
「うん、このプリント渡して来てって永四郎に言われたから。」
「そうか。」
寛はプリントに目を通しながら、右手に持ったカップを口元へ運んでは中身を少しずつ口に含んで飲み込んでゆく。
その動作をしばらく見ていたら、寛に何だというように首を傾げられた。
「ん?」
「それ、何飲んでんの。」
「…砂糖をいっぱい溶かした、美味しいもの。」
「へぇ、わんにもひとくち頂戴。」
「いいよ。」
「…っ!?うわっ!苦!まずっ!何コレ!全然おいしくない!!」
「くくくっ…嘘は言ってないさぁ、砂糖を“一杯”溶かした、“わんにとっては”美味しいものだからやぁ。」
「〜…っ。」
「そういう時は確かにしかむな、スポーツドリンクだと思ってただの水を飲んだり、
リンゴジュースだと思って飲んだものが緑茶だったりしたときのような気分あんに?くくっ。」
「なに暢気な事言ってんの、笑ってないでちゃんと説明してよっ…なにこれ?」
「うーん、これは所謂惚れ薬ってやつだな。」
「…惚れ薬?」
「そ、飲んだ後一番最初に目が合った人の事を好きになっちゃうんだ。面白いあんに?」
そう言って微笑みかけて来る寛と、ばっちり視線が合った。
「…なにそれ。」
「ん?」
「そんな大切な事、わんが飲む前に教えといてよ!」
「そっか、わっさん。」
「…それじゃあわんがコレ飲んだ後最初に目が合ったのは寛だから、わんは寛のこと好きになっちゃうってこと?」
「だーるな、わんが一番最初に目が合ったのも裕次郎やしが。」
「…はっ、意味くじ分からん。そもそも何で寛はこんなもの作って自分で飲んでたばぁ?」
「そうだなぁ、最近面白い事も無かったから。」
「は?」
「恋でもすれば楽しくなるかやぁって。」
「…。」
「…なんだよ、それ。」
「あ、やしが晴美とかだったらさすがに解薬でも飲んでたと思う。」
「そんなのあんの?だったらわんに頂戴よ。」
「…裕次郎、わんのこと好きになったの?」
「…。」
「好きになってないあんに?だったらこの薬は失敗作さぁ。やくとぅそんなもの飲まなくても大丈夫。
わんも無駄に薬を作りたくないんばぁよ。時間も、材料も無駄になる。」
「…そっか。」
「まぁ、万が一何かあったらわんに言えばいい。そのときは解薬でも何でも作ってやるさぁ、な?」
「う、ん。」
半ば騙されるみたいにして薬を飲んでしまったから、多少の苛立ちはあった。
けれど最後に頭をなでられた時の寛の大きな手に、不覚にも一瞬どきりとしてしまった自分がいる。
それはやはり、薬の所為だろうか。
一瞬寛の作ったという惚れ薬が本物なんじゃないかと思い、そんなはずはないと不穏な考えを打ち消すように屋上へと続く階段を駆け上った。