誰かに好意を持たれることは、素直に嬉しい。
でも、受け取れない想いに誰かが傷付くことは、それ以上に悲しい。
あの時最初に手紙を見つけてやれたのが俺だったら。
いっそふたりに告白なんてされなければ。
そんな、いくら考えたってどうにもならないことばかり考えてしまう。
ごめんな、でもふたりが同じくらい大好きだから。
俺にはどちらかひとりなんて選べない、選びたくないよ。
ひとり
「凛、コレありがとう。」
「うん?あぁ、早かったな。」
「ん、面白くて一気に読んでしまった。」
「だろ?この人が書いた本ってハズレが無くってさ、今度他のも貸してやるよ。」
「あぁ、楽しみにしてる。」
「おぅ。」
一昨日寛に貸し出した上下巻2冊の本が、早速返ってきた。
さすが普段から読み慣れている奴は早いと感心する。
誰かさんとは違うなぁ、なんて視線を向けてみれば、
丁度こちらを振り向いた裕次郎と目が合って、ついつい可笑しくなって笑ってしまった。
裕次郎は一瞬恥ずかしそうに俯いた後、静かに俺の座る窓際の最前列へ近寄ってくる。
「これなに?」
「んー?これ?寛に貸してた本。」
「…面白いの?」
「うん、俺の一番好きな作家さんの本。」
「へぇ…、それ、俺も借りてっていい?」
「んぁー?別に良いけど、…裕次郎にはちょっと、なぁ。」
「ぶー、読もうと思えば読めるよ。」
「ホントかよ?今まで読み切った本とかあんの?」
「うっ、…まぁ、読んでみるくらいさせてよ。」
「んー、じゃ、貸してやる。これマジで面白いからよ、最後まで読んでみ?
焦って読むこと無いからな?返すのはいつでもいいぞ。」
「うん、ありがと。」
「ま、返ってこない可能性もあるけどなぁ。」
「読むって!ちゃんと読む!」
「へいへい、期待せずに待ってるさ、感想。」
「…。」
「おいー、拗ねんなって、裕次郎。」
「…拗ねてないよ、これすぐに返すから、ちゃんと。」
「お?…おぅ。」
正直な話、この時の俺は裕次郎の『すぐに返すから』の一言を少しも信用していなかった。
それどころか、少なくとも1ヶ月は返って来ないだろう事を確信していたし、
最悪返って来なくても仕方がないとさえ思っていた。
だから二日後、たった二日で、寛がこの本を読むのと同じだけの時間で裕次郎が読み終わったと言い出した時、
きっと途中で諦めたか、そもそも1ページ目すらまともに目を通さず、
読むこと自体を止めてしまったかのどちらかだろうと思った。
「風強ぇっ。」
「髪うっとぉしー。」
「なら、剃れよ。」
「嫌だよっ!」
「ぷはっ。」
「…っふ。」
裕次郎に話がしたいと呼び出されたのは、いつもの様に誰も立ち入らない屋上だった。
屋上へ行くまでには1階にある俺達3年生の教室から何段も階段を登らなければならないし、
立ち入り禁止になっている扉の鍵をわざわざ針金でこじ開けて入るのも、はっきり言ってしまえば面倒以外の何物でもない。
それでも裕次郎が屋上を指定してきたのにはそれなりの理由が有っての事だろうし、
言いにくい話だとしても、俺になら話せると思うのなら聞いてやりたい。
「……んで?話って何だよ?」
「あぁー、うん…本をさ、返そうと思って。」
「お前さぁ、絶対読んでねーだろ?」
「読んだってばっ!」
「ホントかよ。」
「ホントだし…、難しくって良く分かんなかったけど、面白かった。」
「…何だそれ。」
「正直に言ったら、最初の1ページ目読み始めた時は、ゲッて思った。」
「だろうな。」
「けどね、凛くんが好きって言うと、それだけで自然と興味が湧いてくるんだよ。
今まで理解しようとも思わなかった事全部が、急に気になりだしちゃったりして。」
「…。」
「凛くんが好きなモノってどんなだろう、この本を読んで凛くんは何を感じたんだろうって、
そういう全部が知りたくなって、気が付いたら夢中で読んでた。」
「…。」
「それに、寛だけが理解してるってのはちょっと悔しいからさ。」
「何…。」
「…そんで、そろそろ本題…なんで俺が、凛くんをこんな所に呼び出したか。早く言えよって思ってるでしょ?」
「…。」
「この際だからハッキリ言っちゃうけど、俺は凛くんの事が好きです。」
「………は。」
「引かれてること覚悟で確認の為もう一度言っとくけど、
俺は凛くんの事、恋愛対象として好き。…ふざけて言ってるわけではないよ。」
「ぁ……、ぇ?」
「ごめんね、自分でも変な事言ってる自覚はあるんだけど、どうしても自分の気持ちだけは伝えておきたかった。」
「…。」
「だから、少しだけでいいから…、考えてほしい、俺の事。
やっぱり駄目だったって、答えを出すのはその後で、少しでも考えてみた後で、お願い。」
「…なんっ。」
「あとこれっ、…次からは人に渡す前にちゃんと中確認した方がいいと思うよ。」
まくし立てる様に裕次郎はそういって、呆然と突っ立ったまま動けないで居る俺の手に本の入った袋を無理矢理かけると、
『話聞いてくれてありがとう』って、ただそれだけを言い残して屋上を出て行った。
まったくもって理解が追い付かない。
ひとり屋上に残された俺は、只々口をぱくぱくさせながら、しばらくの間その場で間抜け面を晒すことになった。
そこから何処でどう過ごしたのか、記憶がほとんどない。
気が付けばただ、呆けて自室のベッドに寝転がっていた。
裕次郎に言われた言葉を頭の中で反芻しながらベッドサイドに転がる袋を広げてみる。
中には寛に、そして裕次郎に貸した本が2冊。
目を凝らしてよく見てみれば、上巻の隙間から少しだけ角がはみ出した白い紙。
引っ張り出してみると、そこには小さな几帳面な字でただ一言。
『好きだ。』って、それは紛れもなく寛の筆跡で記されていた。
*
約束なんてしたこともないけど、寛とは小学生の頃から一緒に登下校してる。
だから朝晩は必ずふたりきりになるはずなのに、告白した相手からの反応は無し。
この3日間、そんな状況にあった寛の気持ちがどんなだったかって、それを思うととても切ない気持ちになった。
「寛。」「凛。」
「ん?なに?」
「凛から先にどうぞ。」
「…あぁ、うん、あの…さ、昨日…。」
「…昨日?」
「寛に貸した本にな、…挟まってたやつ、見つけた。」
「…。」
「見つけんの遅くなってごめんな、無視してたわけじゃねーから。」
「うん…。」
「…。」
「ちょっとは考えてくれたか?」
「まぁ…、ちょっとってよりかは、すごく。」
「それはありがたいことだな。」
「うん、…けどさ、あんなに考えたのにな、結局答えは出なかった。」
「そうか。」
「ごめんな、いっぱい待たせて。」
「いや、俺の方こそ難しい事押し付けて悪かった。」
「…。」
「それに、裕次郎にも同じ事言われたんだろう?」
「え、…な、んで寛が知ってんの?」
「昨日裕次郎に言われた。」
「裕次郎に?」
「自分だけ全部知ってるのはフェアじゃないから教えとくって、ズルして先に告白してごめんって、そう言ってた。」
「…。」
「まぁ確かに、あの手紙渡した次の日に凛が何事も無かったみたいにしてるのを見た時は、そういうことなんだな、って…思った。」
「…。」
「俺も直接言えばよかったんだよな、…ごめん。それと…、改めて伝えておくよ、……好きだ、凛。」
「う、うん…ありがと。」
「ははっ、凛のその照れた顔。」
「ぅっ…。」
「可愛くて好きだ。」
「なっ、何だよ急にっ!」
「急にってことは無い、いつも思ってた。」
「えっ。」
「それが口に出して言えるようになったから、俺は今すごく嬉しいんだ。」
校舎について別れ際、『変な事言ってごめんな、だけど俺本気だから。』って、
あんな真面目な顔して言われたら、もうそれ以上は何も言えなかった。
*
「なぁ慧くん?一緒に飯食わねぇ?」
「ぁ?…おぅ、2組だろ?今行くって。」
「違う、ふたりだけで。」
「………はぁ?」
弁当は胸焼けがして食べられそうにない。
慧くんに頼んで話を聞いてもらいながら、ついでに弁当も食べてくれれば一石二鳥。
きっと今回の事に無関係で、尚且つ無関心であろう慧くんが、今一緒に居て一番心が平穏でいられる相手だろう。
教室を出るときに裕次郎が、何かを言いたげに口を開きかけていたのを見た。
それを無視して出てきてしまったことでまた少し胸がチクリと痛んだけれど、
今はどうしても話を聞いてやれるほどの余裕が持てない。
「慧くーん…、これ食う〜?」
「いいのか?」
「うん、なんか今食欲無ぇわ。」
「…またかよ、ちゃんと食え〜。」
「けどさぁ…。」
「お前は痩せすぎだ、ホレ、おばぁが作ってくれた弁当だろ?うまいぞー。」
「…むがっ、…んん、んまいっ、けど…んぐっ、……味がしねぇ…。」
「はぁ〜?どっちだよ、意味分からん。」
「だっておばぁが作ったもんがまずいわけねーもん。…でも今味とかわからん。」
「…なんかあったのか?聞いてやるくらいなら俺でも出来るぞ。」
「なんかあった…、から、聞いて。」
「うん?」
悩んでたこと全部、ふたりの名前は伏せて話した。
小さい頃から『話すときは人の目を見て』って言われてきた俺は話しながらずっと慧くんの目を見てたけど、
慧くんは弁当しか見ていないから一度も目は合わなかった。
それでも、聞いていないように見えて案外しっかり聞いてくれている。
器用なことをするなぁ、と思った。
それともあえて、俺が話しやすいように気を使ってくれているのか。
「ふーん、…で、平古場はふたりの事同じくらい好きだし、両方と関係を悪くしたくないから迷ってる、と。」
「ん。」
「うーん、…なるほどなぁ、それは理解できた。だけど何でこんな相談をわざわざ俺にするんだ?」
「えっ、聞いてくれるって言ったじゃん!」
「それはそうだけどな、平古場の考えることはわからん。
裕次郎にでも話した方がよっぽど親身になって聞いてくれそうなもんだけどなぁ。」
「…ゆ、裕次郎にこんな事相談しても、絶対に狡いって言い出すに決まってる。まともに聞いてもらえる訳ねーし。」
「なるほど。」
「ん。」
「じゃ、俺は俺で意見言わせてもらう。」
「うん。」
「そうだなぁ…、まぁ、俺だったら…。」
「慧くんだったら?」
「俺だったら…、どっちとも付き合わねぇかな。」
そう言って二カッと笑った慧くんの言葉が、俺の中で渦巻いてた色んな物をドーンと壊していった。
納得。
その2文字しかない、至極真っ当な意見だった。
悩みすぎて肝心な所を通りすぎてしまっていたけれど、本来それが一番シンプルで有効な手段だったはずだ。
どっちかを選ぶ必要なんてない、どちらも選ばなければ、それが一番フェアなのだ。
考えてみたらこんなにも簡単なことなのに、どうして俺は今までそれに気が付かなかったんだろう。
「なぁに笑ってんだ?お悩み解決か?」
「おぅ、その意見賛成。今日ふたりに話してみるわ。」
「そうか、そりゃよかった。」
「サンキュ。」
「ん、御馳走様。美味かったぞ、弁当。」