キスくらいで、緊張なんてしないって思ってた。
それなのに、心臓がドックン、ドックン、って心拍が数えられそうなくらいにハッキリ音を立ててる。
ぼうぼうって血液の流れる音がして、体が天井に引っ張られてるみたいな感覚。
目を閉じなきゃ、なんて考えなくても、瞼は勝手にストンと落ちた。
自分じゃない誰かの熱が、近づいて、離れて、今度はそっと触れてくる。
やわらかい、とか、きもちいい、とか、それを感じるよりも先に感動がぶわっと溢れてしまって、鼻の奥が少しツンとした。
無意識の内に鼻を鳴らして、すんすんと泣きそうな声で求めてしまうのが恥ずかしい。
それでも舌が差し出された頃に緊張は解けて、興奮に変わっていた。
あぁ、やっぱり、俺は永四郎とならなんだって出来んだ。

「…ん、ふっ…、………上手い…。」

何言ってんだバカ、って自分でもちょっと思ったけど、本当に気持ちがいい。
永四郎はずっと無言で、だけど腰を抱く腕に少しだけ力が入った気がした。
離れたくないなぁ、離れたくないなぁ、ってそればかりを考えて、気が付けばいつの間にベッドに乗り上げている。
それなのに永四郎は相変わらず無言で、何かをしかけてくる気配もない。
痺れを切らして自分から引き倒すように後ろへ倒れこむと、自然と永四郎に覆いかぶさられる体勢になる。
そこからキスが止んで唇が離れると、今度は額にちゅっと口づけられる。
首筋を柔らかい唇が這うように滑ると、体がピクンと反応して、意図せず声が漏れた。
そこからうつ伏せにさせられて、永四郎が項をきつく吸う。
今更ながら緊張がぶり返して、心臓がぎゅうっとなった。

「永四郎ぉ…。」

うつ伏せにされている所為で次に何が起こるのか予測がつかなくて、
それだけに背後から重みが消えた時は身構えた。
それなのに、次の瞬間にはベッドのスプリングがギシリと鳴って、
永四郎はベッドから立ち上がっていた。

「…え?」
「今日はもう、帰ります。」
「なっ、なんで…?」
「…。」
「俺、なんかした?」
「いえ、そうじゃないです。」
「じゃあなんで?何がいけなかったの?」
「何もないですよ、悪かった所なんてないです。」
「嘘だ、じゃあなんで急に帰るとか、言うんだよ…、なぁっ。」
「平古場クン、落ち着いてください。」
「無理っ、俺永四郎に嫌われたくねぇんだよ…、だからダメなとこあったなら教えて。」
「本当に何もないんですよ、…ただ。」
「ただ?」
「ただ、…準備ってものが、必要でしょう。」
「じゅんび…?んなの、あるもんでなんとか。」
「そういう事じゃないんです。」
「じゃあ何、俺永四郎としてぇよ……、しよ。」
「凛。」
「っ…、ずりぃよ、こんな時だけ。」
「うん、でもごめんね、俺にも少しだけ、心の準備をさせてください。」
「…え、…。」

顔を上げた先に永四郎の耳が真っ赤に染まっているのを見つけてしまって、そしたらもう、自然にうんって頷いていた。
そんな俺を、永四郎はありがとうって、ごめんねって言いながら抱きしめてくれる。
ただそれだけで胸がいっぱいで、同時に切ない気持ちになるから不思議だ。

帰り際、離れていく背中が寂しくて小さく服の裾を引っ張ったら、振り返った永四郎が一度だけ優しくキスしてくれた。
それ以上は本当に離れられなくなってしまうから、泣く泣く手を振って小さくなってゆく背中を見送る。
角を曲がったところで永四郎の姿が見えなくなってしまってから部屋に戻ると
ベッドには永四郎の残り香が移っていて、その夜はなかなか寝付けなかった。


* * *


「いやぁ〜、にしてもお前らマジで付き合っちまうとはなぁ…。」
「ふふっ、‥へへっ…、ね、自分でもびっくり。」
「しかも先越されたし。」
「え、やっぱ凛くん永四郎と付き合ってんの?」
「わっかんね。」
「えっ、えっ、どっちよ?」
「俺はそのつもりだけど…、えーしろーはどうだかな。」
「あぁ、そうなんだ…。」
「なぁなぁ、それよりどんなだった?緊張した?痛かった?」
「めちゃくちゃ緊張したよ!吐くかと思った…でも痛くは無かったよ、最後まではやってないし。」
「あぁー、そうなん?やっぱいきなりは無理かぁ。」
「うんー、無理だねぇ。」

((♪))

「あ、なんかメッセージだ。」
「誰?」
「永四郎。」
「マジで?もうHR始まってる時間じゃない?」
「だよなぁ、めずらし。…今日休みなの、だって。」
「…俺には聞かないくせに。」

      
{平古場クン、今日は休みなの?)
{教室には居ない様だったけど。)
(いや、ただのサボりです(-_-;)}
{まったく。)
{今どこに居るの?)
(屋上…}
{ひとりで?)
(いや、裕次郎と一緒(^ ^)v}
{ふたりだけ?)
(そそ、なんで?}
(えーしろも来る? 笑}
(てか、なんか用があったりした?}
(心配してくれたん?}


「うん、…そこで返事来なくなっちゃうのが永四郎クオリティだよな。」
「返事こないの?」
「おぉ…、てか読んでくれてすらいねぇ。」
「うはっ。」
「やぁ、でも話戻るけど、お前らマジで良いと思う。」
「ホントに?それは嬉しい。」
「おぉー、真面目に。」
「凛くん、いつから寛の事気付いてたの?」
「あー?あぁー…、まぁ、気付くとか気付かないとかってより、ふたり見てたらなんか、お似合だなぁって思っただけなんだけどな。」
「そっかぁ…、ふふふっ。」

―ガシャンッ―

「えっ、…誰?」
「アレ、永四郎じゃん、どーした?なんか用?」
「いえ、特に用があったわけでは。」
「あー、マジ?メッセージ返事すんの面倒になって直接話に来たとかじゃねーの?」
「面倒になどなっていませんよ。」
「なんだー、急に返事くれなくなったからさ。」
「すみません…携帯は、没収されました。」
「や、マジか。」
「…マジですね。」
「バレたん?」
「ええ、眼鏡に反射していたとかで。」
「ぷはっ、ウケる。」
「まったく、俺としたことがね。」
「マジそれ。」
「で、ふたりで何の話してたんです?」
「えー?あぁー、裕次郎が寛と付き合ってるって話。」
「え、本当に?」
「…うんっ。」
「それは、良かった…本当に。」
「なぁー、…しかも、もうヤッたらしい。」
「…はい?何を?」
「いや、やることって言ったらひとつしかねーだろ。」
「あ、そうですよね…、そうですよ。」
「へへっ。」
「はぁー、それより俺ら裕次郎に先越されたぞ。」
「ええ…、ええ。」
「…永四郎、凛くんと付き合ってんの?」
「ええ、付き合っている…はずですよ。」
「あー、やっぱそうなの?いつからぁ?」
「平古場クンに聞いてない?」
「うん、聞いてなーい。」
「あぁ、そうなの…。」
「うん、いつから?」
「昨日…、ですかね。」
「っ…。」
「へぇ〜!!もっと前からかと思ってた!意外〜!」
「そう?」
「うんうん!…って、えっ!?どうしたの凛くん!なんで泣いてんの!?」
「…平古場クン?」
「…だってぇー…、永四郎のばかぁーっ…。」
「え、俺の所為ですか?」
「そうだよ!…不意打ちはだめだってぇ…。」
「え、うん?不意打ち、ですか?」
「や、ごめん…、なんか一瞬気持ちがぶわぁってなっちゃった…、永四郎の所為じゃない。」
「うん?」
「や、なんか、俺の気持ちちゃんと伝わってたんだなって思ったら嬉しくなっちゃっただけ。」
「そう、ですか。」
「うん、ごめんな、びっくりさせて…裕次郎も。」
「ううん。」

ただ永四郎が、嘘を始めたあの日ではなく、昨日を俺の恋人になった日だと答えてくれたことが嬉しくて嬉しくて、思わず涙腺が緩んでしまった。
永四郎はフリではなく恋人として俺と一緒に居てくれるんだって、
これからは好きだと言った時、本気で言っていると受け取ってもらえるんだって、それを思うと胸がいっぱいになる。
人目もはばからず抱きしめてしまいたくなる程、俺は永四郎の事が好きになっていたんだという事に、今気が付いた。

「永四郎ぉ…、好き。」
「うん…。」
「…なんなのー?もー、俺のこのアウェー感。」
「や、ごめん…、ちょっともう今離れたくないの。」
「ちぇーっ…、寛呼んでやる。」
「え、どうやって?」
「メッセージ送ってー。」
「え、でも携帯持ってなくね?寛。」
「それが昨日買っちゃったんですねぇ…。」
「マジで!?」
「一番新しいの買ったんだけど、使い方まだ分かってないからスタンプしか返って来ないの。かわいいっしょ?」
「やー、マジかぁ…寛アイツ一瞬にして染まるタイプだな。」
「…平古場クン、少し羨ましくなっていたりしませんか。」
「いんやぁー?俺はそのままの永四郎が好きだからさ。」
「…俺も、君の事が好きですよ。」



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