7歳になる娘とふたり海にやってきた。
潮風と夏の匂いがする。
パパ、どれくらい潜れるかやってみて?
娘がそういって楽しそうに笑うから、俺は目を瞑って海水に身を沈めていく。
こうやって海に潜るとあの頃の事を思い出す。
あの暑い夏の日々、まだ先のことなんて全然分からなかったあの頃。
そういえば、彼らは元気にしているだろうか。
最初に思い浮かんだ顔は、親友であり、義理の兄でもあるあの人の笑顔だった。
君だけに誓う
「パパすごーい!でもずっと出てこないから私ちょっと心配しちゃったよ。」
昔散々練習させられただけあって今でも割と長く海に潜っていられる。
さすがに昔ほどとはいかないけど、たっぷり時間を空けて水上に顔を出したら娘に心配されてしまった。
「んー、パパは鍛えてるから大丈夫。」
「私も鍛えたら出来るかな?」
「うん、練習すればできるんじゃないか?」
「練習かぁ、パパはいつ練習したの?」
「そーだなぁ、パパは中学生のときにきびしーい顧問が居るテニス部に入ってな、
そこで散々こき使われて、泣きながら頑張ってたら出来る様になったんだよ。」
「ふふ、なにそれ。あ、中学の時ってことは寛おじちゃんも一緒に居たの?」
「うん、そうそう。」
「へえ、私おじちゃんに会いたくなってきたなあ。」
「そうだね、俺も。」
「パパもおじちゃんのこと好きなの?」
「うん、好きだよ。」
「ふーん。おじちゃん優しいもんね。」
「うん。…っておまえ、まさか寛の事本気で好きなの?」
「え?そうだよ。」
「じゃあお前の好きな優しい背の高い人って…。」
「うん、おじちゃんのこと。」
「うーん…。やーには悪いやしが、わんはやーの恋の応援はできねーらん。」
「パパ、私が分からない言葉使わないで。」
「ああ、ごめんごめん。でもさあ、お前それはないよ。葵とおじちゃんは血がつながってるから結婚は出来ないし。」
「どうして?血がつながってるってなに?」
「お前の体にも、おじちゃんと同じ血が流れてるって事。」
「ホント?じゃあ、おじちゃんとおそろいだ。」
「うん。葵にはパパの血と、ママの血と、それからおじちゃんやおばー、おじー、いろんな人の血が流れてる。
それはすっげー事だし、お前はそんな人たちを大切にしなきゃだめなんだぞ。
そういう人たちには、お前も大切に思われてるんだから。だけどその代わり、お前は血のつながってる人と結婚できない。」
「いいよ、結婚できなくても。好きなんだからしょうがないもん。」
「でもさぁ。いつかおじちゃんに好きな人が出来て、結婚したいって連れてきても、
葵はその時おじちゃんにちゃんとおめでとうって言ってあげなきゃいけないんだぞ?そんな辛い事出来るのか。」
「うん、ちゃんと言えるよ。」
「そっか、それなら俺は止めないよ。」
「うん。」
「そうだ、この夏休みが終わる前にまたおじちゃんに会いに行くことになったよ。」
「ホント?やったー。じゃあさ、私にかわいいワンピース買ってくれる?」
「なんでだよ。寛に買ってもらえばいいだろ。」
「嫌だよ。おじちゃんに見せるために着るのにおじちゃんに買ってもらったら意味無いもん。」
「…そういうことか。しょうがないな、誕生日プレゼントそれでいいならいいけど?」
「ホント?じゃあ今から見に行きたい!」
「えー、今からかよ…パパはもう疲れたよ。」
「えー、いーまー。」
「わかったわかった。じゃあさっさと着替えて来い。」
「うん!そこで待っててね。」
「うん。パパのほうが遅かったらちゃんとここで待ってろよ。変なおっさんについて行くなよ〜。」
「うん、わかってる。」
娘に好きなやつが居るって言うのは知っていたけれど、まさかそれが寛のことだなんて思ってもみなかったからびっくりだ。
わが子の事ながらなんて哀れなんだろう。
それでもこの歳にして恋の楽しみを知っている娘を少し羨ましく思う。
それから娘が寛に会うのを楽しみにする気持ちも分かる。なんせ会うのはほとんど一年ぶりだ。
今年のお正月はなんとふたりそろってインフルエンザにかかってしばらく寝込んでしまっていたから、
飛行機もキャンセルして部屋にこもっていた。
そうこうしているうちに冬休みが終わってしまって、結局正月には沖縄に戻る事が出来なかったのだ。
「パパ、お待たせ。行こう。」
「うん。はい、手つなご。」
「えー、嫌だよ恥ずかしい。」
言っている事は母親とおんなじだけれど、恥ずかしいの意味の違いを考えると虚しくなってくる。
だけどこうやって、この子はどんどん俺から離れていくんだろうな。
いつかこの子のことを本当に幸せにしてくれる人が出来て、結婚しますなんて言われた日に
ちゃんとおめでとうって言ってあげられる自信が無いのは自分のほうなのかもしれない。
「そういえば、葵が生まれたときに名前を付けたのは寛なんだぞ。」
「ホントに?」
「うん。あいつにもらった名前だから大切にしないとな。」
「うん!私この名前大好き。」
「そっか、それならよかった。」
結局お店に着くまでに手はつないでもらえなかったけど、好きな人の話をしてもらえるうちはまだましなんじゃないかと思う。
そのうちパパ汚い、臭いって、口も利いてもらえなくなるかもしれないし…。
ちなみに娘が選んだワンピースは、いかにも俺の娘ですって感じのゴージャスだけど落ち着いた感じのターコイズブルーのワンピースだった。
値段を見てびっくり。
高くてって意味じゃなく、ここにあるどの服よりも安い一着だったから。
さっきは誕生日プレゼントなんて言ったけれどさすがにこれ一着ってのは少し味気ないから、
今度また何か買ってやるって言ったら娘はうれしそうに笑った。
こうゆうところ、母親に似てる。あらためてあいつの血が流れてるんだって実感するのはこういうときだ。
それから兄妹だけあってどことなく寛の雰囲気も漂ってたりするから、それはちょっと悔しい。
買い物をした帰りに荷物持ってやるって言ったら、パパ優しいとかなんとか言って自分から手をつないできた。
こういう調子のいいところ、誰に似たんだか。
それよりそんな娘の姿を見ていたら、俺まで沖縄に帰るのが楽しみになってきた。
帰ったらふたり仲良く、あいつに会いに行く準備をしようか。