8月中旬。俺達は親子ふたり、そろって沖縄に着いた。
天気はかんかん照りの晴れだ。
さすがに沖縄の夏だけあってうだるように暑い中、
娘は一人、意中の人に会えるがためにはしゃいでいた。
「おー、凛、葵、ひさしぶりやさ。」
「あ!寛おじちゃん、久しぶり。」
早速現れた寛のほうへ、全力で向かっていく葵。
勢いよく抱きついたあいつを寛は軽々と抱き上げた。
「久しぶり、寛。」
「おー、待ちくたびれた。」
「ごめんごめん、飛行機がちょっと遅れてさ。」
「ねーね、おじちゃん、私に会うの楽しみにしてた?」
「ああ、あたりまえやっし。」
「へへ、私もだよ。このワンピースかわいいでしょ?」
「ああ、いい色だ。」
「寛ー、どうだ?背伸びただろ?」
「あー?そうか?やーは前とかわらん気がする。」
「ばっか、俺じゃねーよ、葵。」
「あー、そうだな。それにかわいくなった。」
「ほんとー?おじちゃんは変わらずかっこいいよ。」
「お、しんけん?じゃあ葵が大きくなったらわんと結婚するか?」
「うん!…あ、でもパパが私達は結婚できないって言ったよ?」
「…うーん、まあそうか、じゃあしょうがないな。」
「えー、がっくし。」
「くくっ。葵はわんのこと好きなの?」
「うん。」
「…。」
「何赤くなってんだよ。相手子供だぞー寛。」
「…ああ、やしが、…やっぱ似てる、凛に。」
「なんだよそれ。それじゃあ俺がお前に好きって言ったらお前は照れるのかよ。」
「…うん。」
「はぁ?くくっ、お前は面白いな。じゃあ言ってやるよ。寛おじちゃん、大好き。」
「…。」
「ふらー、そこは突っ込むところだろ。」
「ひひひ、おじちゃん真っ赤―。」
たまに寛はこういうことを言い出すことがある。
その意図は未だにつかめていないけれど、いつか分かる日がくるんじゃないかって気はしてる。
そのあと寛が乗ってきた車に乗り込んだ俺達は、そのまま寛の実家に向かった。
「おばーちゃん、お久しぶりです!」
「あー、葵ちゃん久しぶりーさぁねぇ。凛君も、久しぶり。」
「お久しぶりです。」
久々のこの感覚。寛とは小学生の頃からの付き合だからここへは通い慣れている。
今となっては我が家に居るような気分になるんだから、それはもう半端無いほどに通いつめたってことだ。
「えー、凛君、相変わらずいい男だね。」
「くく、やめてよお義母さん、恥ずかしいばぁ。」
「はぁー、寛も凛君くらい男前ならすぐに結婚できたかもしれないのにねぇ。」
「そうかー?俺は寛もいい男だと思うけど。」
「わんは結婚しないだけさぁ。」
「くくっ、強がるなって。」
「はっ、もういいやっし。葵が結婚してくれるさぁ。な?」
「うん!私おじちゃんと結婚するよ!」
「ふふふ、仲が良くて良いわね。」
「よし、葵!わんと一緒に海に行くかぁ?」
「うん!行く!」
「凛も行こう。」
「え?俺?うん、ついでに裕次郎に会いにいきたいんだけどいい?」
「おー、いいぞ。」
「ん、じゃあ行く。」
「葵ちゃん、ちゃんと帽子かぶっていくんだよぉ。」
「うん。」
「いってらっしゃい。」
「「「いってきまーす。」」」
「今日はでーじあちさんやー、大丈夫か?葵。」
「うん、平気!おじちゃんと一緒だからこれくらいなんとも無いよ。」
「はぁ、寛のどこがそんなにいいんだよ。パパと同い年のおっさんだぞ?」
「えー?でもパパもおじちゃんのこと好きって言ったでしょ?」
「え?」
「えーと、それはだなあ。…おい、勘違いすんな、お前がそんなに顔を赤くするような意味は無い。」
「わ、分かってるさぁ。」
「おじちゃんはパパが好きって言うと赤くなるんだね?」
「え?そんなことはないばぁ。」
「ふーん。」
そんな会話をしているうちに海についた。
「あ、海!きれーい!」
「あぁ、そうだなあ。やっぱ海はうちなーだよな。」
「そうだ!おじちゃんもあれできるんでしょ?」
「あれって?」
「ずっと潜るやつ!」
「おお、そうだな。できるよな?寛。」
「え?おお。」
「じゃあさじゃあさ、どっちが一番長く潜ってられるの?」
「えー、それは俺だろ。」
「いや、わんだと思う。」
「じゃあ、勝負しようぜ。」
「おお。」
「勝ったほうがなんかお願い一個聞くのな?」
「おお、いいぞ。」
「じゃあ私が審判ね。」
「うん。」
「わんは背が高いから奥に行かないといかん。」
「そうか、じゃあ俺もいく。」
そういってふたりで沖のほうまで少し泳いで、葵のほうに手を振って合図を出した。
「じゃあいくよー、よーいどん!」
ふたり一気にもぐったら、水の音がくぐもってぼこぼこっと聞こえた。
それから水の中特有のもわんもわんという音が聞こえて、
最後には自分の心臓の音と、それに合わせて流れる血液の音しか聞こえなくなった。
…心を無にする。それが長く潜っていられる秘訣だ。
だけど少し苦しくなってきて、目を開けたのがいけなかった。
隣の様子をちろっと窺ったら、寛がすごい顔して潜ってる。
思わず噴出してしまって、結果無残に敗北って訳だ。
「ぷはあっ、げほ、げほ、ごは、うええ、海の水飲んだ。つーかなんだよ、あの顔。ぷはっ、あははは。」
…あれ?おかしいぞ。寛が全然上がってこない。
俺がとっくに顔を出してるのにも気が付かないくらい無心になってるんだろうか?
「ひろしー?やーの勝ちだぞー。」
それとも…ちょっと心配になってきた。
潜って確かめようか。
そう思ったその時、海中から急に腕を引っ張られて息も蓄えないまま水中に引きずり込まれた。
「うわっ。」
じゃぽん ぶくぶく…
それから海中で目が合った寛の顔が近づいて来たと思ったら、そのまま唇が重ねられた。
((え?なんだよこれ。))
重ねられた唇から勢いよく酸素が送られてくる。
俺の口には収まりきらなかったそれは丸くて透明な塊になって水上に逃げていった。
ざばあっ
「ぷはぁ、はぁっ、はぁっ、はぁ…。死ぬかと思った。」
「わっさん。」
「わっさんじゃねーよ、なにすんだよコノヤロウ。」
「これがわんのお願いやっし。」
「はぁ?もう意味わかんね。息足りないならあがってくれば良かっただろ。」
「…そっちじゃない。わんは凛とキスしたかっただけ。」
「…な、なにいってんだよお前。変態じゃねーか?」
「ああ、そうだな。」
そう言い残してとっとと浜に戻っていく寛がちょっと分からなくなった。
彼は結局のところ何が言いたかったんだろう?
「おー、葵。わんが勝ったどー。」
「うん!おじちゃんかっこいい!」
「はは、そうか?」
「うん!そうだ、お願い事はなぁに?」
「んー、じゃあ葵がちゅーして。」
「えー?恥ずかしいよぉ。」
「そうかー?ほっぺでいいぞ。」
「うん、わかった。はいっ。」
「くく、ありがとう。」
その恥ずかしいは、俺と手をつなぐときとは違う恥ずかしいなんだろうな。
そんなことに少し嫉妬した俺だけど、この心のもやもやがそれだけの理由じゃないって事に、そのときはまだ気付いてなかった。