今日は俺達の両親の許へ結婚挨拶に向かうことになった。
緊張しすぎて胃が痛い。
俺は実際両家とも結婚挨拶に行った経験がある訳なのだけれど…。
それでも緊張するものは緊張する。こういうかしこまったのは苦手だ。
隣をちらっと窺うとさすが長男だと言うべきか、寛は涼しい顔をして車を走らせている。
くそぉっ…俺はどうせ末っ子ですよ。
ん、…なんか気持ち悪い。
「うっ…。」
「おい、大丈夫か?凛。」
「たぶん…。」
「無理だったら車止めるぞ。」
「…ごめん、止めて。」
「わかった、でもあの店の駐車場まで我慢して。」
「うん…。」
極度の緊張の中車に揺られていたら、ひどい車酔いに合いました。
* * *
カランカラン…
「すみません、ちょっとトイレ借りても良いですか。」
『え?…ああ、どうぞ。突きあたりを右です。』
「ありがとうございます。」
店にいきなりスーツ姿の男が2人連れたってトイレ貸して下さいって現れたってのに、
快く了承してくれるなんて良い店だ。今度はちゃんと飯を食いに来よう。
…そんなことより、もう限界だ。トイレはまだなのか。うぷっ。
・
・
・
ジャ―――ッ…
「大丈夫か?」
「うん、大分楽になった。ごめん。」
「気にすること無い。…それより、もっと早く気付いてやれば良かったな。」
「ううん、大丈夫。」
「よし、もう歩けるか?」
「うん。」
「じゃあ一旦車に戻ろう。」
「うん。」
『あ、お客様、大丈夫でしたか?』
「あ、はい。ありがとうございました。」
「いえいえ。」
カランコロン…
「凛、ちょっと中で待ってて。」
「え?うん、どこ行くの?」
「アレ。俺、ちょっと喉乾いたから。」
「ん、わかった。」
寛があれ、と指さしたのはコンビニの様な小さなお店で、
車の中でぐったりとしている俺を残してひとりでその店に向かって行った。
きっとあれ、自分の為に行ったんじゃないだろうな。
…やっぱり。
急いで戻ってきた寛の手に握られていた袋に入っていたのは、
水と酔い止めと、あとはなんだか知らないけどちんすこう。
「寛、お前喉が渇いたんじゃなかったのか。」
「…これ、飲め。」
「うん。」
「お腹空いてるなら、これ食べてからの方が良いぞ。」
「うん、もらっとく。…さっき全部出しちゃったし。」
「…やっぱもっと何か買ってくる。」
「いやいや、いい。大丈夫。」
「胃に悪い。それに俺もお茶買い忘れたから。」
「んー、ごめん。でも何か買ってきてくれるなら軽いものが良い。」
「わかった、行ってくる。」
次に寛が買ってきたのは菓子パンとさんぴん茶。
それからちゃんとデザートのカップ入りいちごかき氷も入っていた。
「ありがと。」
「うん。」
俺が情けなさいっぱいの気分でパンの袋を開けて食べ始めると、寛があたまをポンポンと撫でてくれた。
なんだか申し訳ないことばっかりで少し落ち込んでいたけれど、そのおかげで沈みかけていた気分が晴れる。
俺がかき氷を食べて薬を飲み終わったのを確認すると、寛は「そろそろ行くか」って再び車を走らせた。
俺は薬の副作用なのか何なのか車が発車してすぐに眠気に襲われて、気が付いたら意識を手放していた。
次に目を開けた時、そこが俺の実家の前だったからびっくりした。自分の家の前なのに何とも言えない緊張感。
あの時も、菫の時も俺たちはお互い結婚にはまだ早い年だったからかなり緊張したものだけれど、
今回はその時よりももっと緊張している気がする。
再び隣をちろっと窺ってみた。するとやっぱり普段と何も変わらない、落ちついたままの寛がいた。
だからそのおかげで俺の心も落ち着きを取り戻していく。
そういえばあいつも…やっぱり兄妹って似るものなんだな。
…コンコンッ…
寛が家の戸をたたくと、中からパタパタと玄関に向かってくる足音が聞こえた。
それからガラガラと扉を開けて母親が出て来る。
「こんにちは。」
「あら、時間ぴったりね、いらっしゃい。」
「はい。」
「どうぞ上がって。」
「お邪魔します。」
「凛、お父さん居間に居るから寛君と先に向かっててくれる?私はお茶の準備してから行くわ。」
「うん、わかった。寛、こっち。」
「うん。」
「…父さん、入るよ。」
「おお、いらっしゃい。寛君、久しぶりだね。」
「はい、お久しぶりです。」
「さぁさ、そこに掛けて。」
「はい、失礼します。」
「おーい、母さん。お茶はまだかぁ。」
「はーい、ただいまー。」
「少し待っててくれるかな。」
「はい。」
「お待たせしましたー、はいどうぞ。」
「ありがとうございます。」
「よし、母さんも早く座りなさい。」
「はいはいー。」
「あの、今日はお忙しい中わざわざ時間を作っていただいてありがとうございます。」
「まぁまぁ、そんなにかしこまらいで。」
「はい、それとこれは…凛に好物だと聞いたので。」
「あら、凛お父さんの好きなもの知ってたのね。」
「どうもありがとう。」
「いえ。」
「で、今日は大事な話があるって事だったね。」
「はい、今日は凛との結婚を許していただきたくてお伺いさせていただきました。
俺は、凛を…凛さんを、一生大切にします。必ず幸せにすると約束するので、結婚させて下さい。」
「…。」
「…。」
「…。」
「…。」
なんだか聞いているこっちの心臓がバクバクして来るような寛のセリフを聞いた後、なぜか誰もしゃべろうとしない。
しばらくの間嫌な沈黙が流れて、寛は顔を上げられずに可哀想なことになっている。
「……んふふ、ふふふふふふふ。」
「母さん、よしなさい。寛君も困っているよ。」
不意にその沈黙を破ったのは、この場において場違いとも言える母親の笑い声だった。
母さんはなんだか堪え切れずに笑ってしまったという感じで、父さんも何が何だか分からないと言う顔でそれに対応している。
寛はというと、さすがにそれには驚いたのか顔を上げてポカンとした表情を浮かべている。
「ごめんなさいね、なんだか不思議に思って。娘さんを下さいって言われることはあるにしても、
まさか息子さんを下さいなんて言われる日が来るなんて思っていなかったものだから。
それに相手はあの寛君じゃない?あんなに小さいころから知っている子がこんなに立派になって、
凛と結婚したいだなんて。人生何があるか分からないものね。」
「それで…。」
「ええ、もちろんふたりが決めたことなら私達は何も言わないわよ。ねえ、お父さん。」
「ああ、そうだな。」
「じゅん…本当ですか、ありがとうございます!」
「まあ、俺達はもう孫の顔も見れたし。後は凛の人生なんだから好きにすると良い。」
「そうね。」
「あ…そのことなんだけど、さ…、また増えるかも…あはっ。」
「あら、養子でも取るつもり?」
「いや、そうじゃなくて。」
「そうじゃなくて?」
「俺達の子供って言うか、まぁそんな感じ?」
「…。」
「…。」
「…。」
「…。」
再び4人の中に微妙な沈黙が流れた。
今度はさすがの母さんでも、笑い飛ばすなんて事は出来ないだろうと思う。
大方俺の頭がおかしくなったんじゃないかとか、そんな風に思われているに違いない。
「り、凛?…私達にも分かりやすいように説明してくれないかしら?」
「その、分かっているか?凛は男で…寛君も…その。」
「もちろん分かってるよ。でも、母さんたちにも分かってもらいたいのは寛が研究員という事で、つまり…。」
それから大方の内容を話したところで、最初は少し心配そうな顔をしていたふたりも俺達の事を応援すると言ってくれた。
そのあとは大体将来の話や思い出話で盛り上がって、俺の両親には俺たちの結婚を許してもらうことが出来た。
「凛、寛君に幸せにしてもらうんだよ。」
「うん。」
「わがまま言って寛君に迷惑掛けるんじゃないわよ。ほんっとにもう、この子は誰に似たんだか小さいころからすっごく意地っ張りなんだから。」
「はっ、母さん以外の誰に似るって言うんだよ。」
「まあ。」
「凛。」
「ちぇっ、寛まで母さんの味方かよ。」
「はははっ。寛君も、凛をよろしく。」
「はい。」
「じゃあまた来る。」
「うん。」
「お邪魔しました。」
「気をつけて行ってらっしゃいね。」
「んー。」
俺達は俺の家を後にして、その足で寛の実家へ向かった。
俺は次は寛の母さんか、なんて緊張していたけれど、やっぱりお義母さんはお義母さんだった。
何を今更そんなに改まる必要があるのかと言いたげなニコニコ笑顔で迎えられて、すぐに緊張がとける。
それから菫と結婚の挨拶に行った時も娘があんなに若かったのに、しかもお腹に子どもまで出来ていたのに、
笑いながら「こんなに早く孫が見れるなんてラッキーさぁ。」なんて言って許してくれた人だけあって、
今回も「やっと寛をもらってくれる人が現れて安心したさぁ。」なんて、本当にすんなり受け入れてくれた。
俺はその事にほっと胸を撫で下ろす。
別に何を心配していた訳ではないけれど、それでも嫌な緊張がとけて心底安心した。
両家ともの親に許しをもらう事が出来た。つまりこれでやっと、俺達は結婚出来る。
長かった気もするし、そうでなかった気もする。
けれど今この時、本当に幸せな気分だってのには変わりない。
この後俺達は結婚式を挙げるか挙げないかって話になったけれど、寛は初婚だし俺も前は式を挙げてやることが出来なかったから、
今回は身内や本当に親しい友人だけを招いて式を挙げることになった。
さて、これからが大変だ。
だけどほんと、わくわくする。お前が隣に居てくれるからだよな、きっと。