2週間、あれから2週間も彼女は姿を現さなかった。
理由はきっと、あの夜の事があった所為。
彼女にしてみれば見知らぬ男に意識のないところで見られていたなんて、
不快感を与えられる以外の何ものでもなかったかもしれない。
でも俺にしてみれば日々の楽しみであり、糧でもある彼女のその姿を、
あんなことがあった所為で見られなくなるなんてそんなことはどうしても嫌だった。
だからその日、久々に彼女の姿を見つけた瞬間は叫びだしそうなほどに嬉しかった。
実際にはもう彼女を呼ぶ声が喉まで出かかっていたのだけれど、如何せん俺は彼女の名前を知らない。
それどころか、声すらも聞いたことがなかった。
けれどそんな俺に、家の前を通った時、彼女が手を振ってくれた。
それがどんなに嬉しかったことか、言葉には尽くせない。
* * *
「むっ、まって!」
あれから何度目か、彼女がこの道を通り、いつものように手を振ってくれたとき。
勢い余って待てのジェスチャーとともに彼女を呼び止めてしまった。
それに気付いた彼女は素直に立ち止まり、はて、と首をかしげる。
「あ、あの・・・わんと、散歩しませんか?」
咄嗟のことで何も言葉を用意していなかった俺の口から出てきたのは、そんな図々しいお誘いの言葉だった。
けれど彼女はコクりと可愛らしく頷いて、おいでおいでと手でジェスチャーをするので、
俺はふわふわと浮き足立った気持ちで一目散に外へ出た。
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・
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「海が好きなんば?」
『“Yes”』
「じゃあ、いつもここに?」
コクコクと頷く彼女の髪が潮風になびく。
彼女とふたり、やってきたのは夜の砂浜だった。
暗く黒々とした海には人ひとり居ない、どこか寂しげな雰囲気が漂っていて、
けれどそこにプカリと浮かんだ金色の月が水面に揺れて、やけに美しく映る。
彼女は相変わらず声を聞かせてはくれないけれど、質問にはちゃんと答えてくれた。
砂浜に落ちた適当な木を拾い、書き出されたアルファベット。
それが彼女の声の代わりに脳裏に焼きついて記憶されて行く。
AやYの字に特徴のある、独特の丸みを帯びたその字体が。
「ここ、ひとりで居るの怖くない?」
人差し指と親指で“ちょっと”のジェスチャーをしながら声を出さずにクスクスと笑う彼女。
その姿がどうにも可愛らしくて、気がつけば何度も見入っていた。
そうしてアホみたいな顔でボサッと見つめていると、その先で彼女が不思議そうに首をかしげる。
「・・・うじらーさん。」
思わず溢れたその言葉が彼女に届いたかどうかは分らないけれど、
サッと立ち上がって歩き出した彼女は、しばらく振り返ることがなかった。
「・・・もう帰るば?」
来た道をゆっくりと引き返してゆく彼女の後ろ姿に問いかける。
彼女は振り返ると頷いて、左手首を右手の人差指と中指で軽くトントンと指差すことで返事をした。
「あぁー、時間かぁ・・・・・・それならわん、送ってくど。」
そう言うと、彼女はぶんぶんと首を横に振った。
そう激しく拒否されるとさすがに傷つくってものだけど、去り際に彼女が自分と俺とを順番に指差して、
あのペンのようなもので書き記して行った言葉―Again―。
多分、きっと、そういう意味なのだと思うと嬉しくて、俺はまた、その言葉を消すことができなくなった。