本当はもうとっくに気付いている、
無意識の内にこの姿を一番に見せたい誰かのいる場所へ足が向かってしまっていること。
そしてその誰かが裕次郎だったってこと。
心のどこかではこんな自分を見つけて欲しかったのかもしれない、見て欲しかったのかもしれない、
他でもない裕次郎ただひとりに。

俺が夜の散歩に出かければ、裕次郎は飽きもせずに必ず窓際から外を眺めていて、そしてこの俺を見つけ出してくれた。
最近では手を振り合うだけじゃなくて、2回に1回は海に誘ってくれるようになったことが嬉しい。
毎回ではないのは彼なりの配慮と遠慮の表れなのだろうと思うけれど、少し物足りなくも感じていたりする。
俺たちは海に来てどんな話をするのかといえば、ただの世間話だとか、近状報告だとか、
声の出せない俺は裕次郎の話に相槌を打つばかりだけれど、それでも裕次郎はいつも楽しそうに色んなことを話した。

名前は、教えていない。
職業も、歳も、趣味も出身も声さえも、裕次郎は“彼女”のことを何一つ知らなかった。
それでも必死にその姿見つけ出し、話しかけ、そして恋をする目で俺を見た。
嬉しかった、本当に。
その目で見つめられることが、微笑みかけられることが。
本当に幸せな気分になるのだ、でも。
それと同時に胸の中にはいつも、鈍い痛みが走った。
その視線が俺ではなく“彼女”に向けられているものだということを考えると、泣きたくなるほどに苦しかった。
俺の見つめる先に居る裕次郎は、俺のことなんて見てない。

居たたまれず逃げ出した先にある海はいつも、黒々として冷たくて、踏み出せば飲み込まれそうな闇の中にあった。
そんな闇の前に立つと決まって足がすくみ、まるで泳ぐことの出来ない子供のようになる。
そんなとき裕次郎は大抵、黙って俺の背中を見ていた。

「人魚姫みたい。」

唐突に届いたその言葉に振り返れば、裕次郎がまっすぐに俺を見ている。

「人魚姫みたいやっさ。」

確かめるみたいにもう一度そう言って、裕次郎はくしゃりと笑った。

確かにそうなんだ。
この気持ちを伝える術の分らない俺は、偽りの姿で君を見つめる俺は、確かに。



ねぇ、本当はもう、言いたくて言いたくてたまらないよ。




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