その恋が、叶えばいいのに。
何故だか一瞬、本気でそんなことを考えてしまった。
『時々、もう頑張れないかもしれないって思う時があるんだよ。
諦めたら今までの事、全部無駄になるって分かってるのに、
それでも動けなくなりそうな弱い自分が嫌だ。』
裕次郎の、この言葉を聞いた時だった。
これまでの自分の行動と矛盾したその思いが浮かんだ時、
やっと気付いた気持ちがあった。
海岸沿いの帰り道、俺の少し前をとぼとぼ歩く、その背中がやけに小さく見える。
もう頑張らなくてもいいんじゃないか。
こういうのは努力や頑張りではなく、運とタイミングなんだから。
誰が一番強く思うかではなく、誰が一番に想われるかの話なんだよ。
そう言って、抱き寄せてやりたい両手に気付く。
「頑張るのもいいやしが、無理はさんけーよ。」
伸ばしたい両手を押さえ、やっと絞り出した言葉に、
振り返った裕次郎が、呆れたような笑顔で答えた。
一瞬目を逸らした隙に、真っ青に澄み渡る海が、赤々と燃える夕焼け色のオレンジに染まる。
ああ、落ちてしまったんだな、と妙に冷静に思った。
Taste like an orange
「はぁ、…。」
ひとつのポテトをつつきながら、対面に座る裕次郎がため息を溢した。
近頃は部活の無い放課後、凛に断られた日には、ここでこうしていることが多くなった。
佐世保バーガーの利用頻度は、ここ最近でグッと上がったように思う。
「はぁ〜…。」
裕次郎がまたひとつ、盛大なためいきを吐く。
俺は裕次郎がハンバーガーから玉ねぎを除ける、左手の動きを見ている。
それは凛の前では恰好悪いからやらない、と裕次郎が以前に言っていた事だ。
俺はそういう小さな努力さえ、凛の前ではほとんどしなくなっていた。
「諦めるって、どうやるの。」
「…ん。」
「凛くんの事、困らせてるのは分かってるんば―よ。」
「…うん。」
「やしが…、諦め方って、わん、知らなくて。」
「…裕次郎は、諦めたいば?」
「諦めたくないから悩んでるんど。」
「だーるな。」
裕次郎の言う“好き”って気持ちを、甘く見ていたわけじゃない。
だけど俺にも俺なりの、自信というものがあった。
その気持ちを過信しすぎていたと気付いた時から、
裕次郎の一途さには尊敬の念しか浮かばない。
「まぁ…、一途なのって、良い事じゃないか?わんは裕次郎のそういうとこ、結構好きやっさ。」
「…え。」
「いや…、わんがこんなこと言うのも変な話だけどな。」
「…だからよ。」
そもそも、スタートラインから、俺達ふたりとはまるで違う場所に立っていた。
あの大きな敵を目の前にして、諦めという言葉が浮かばない方がおかしい。
永四郎のことを話す凛の声や表情は、他の誰の名を呼ぶ時よりも柔らかいという事。
これはきっと、凛だけが気付くことのない、揺るぎのない事実だ。
凛の気持ちがほかでもなく、ただひとりに向けられていると知った時、
俺はようやく、この名前があの柔らかい声で呼ばれる日はこの先も来ないのだという事を悟った。
長く続いた俺の恋は意外にも尾を引くことなくあっさりと幕を閉じ、
自分でも拍子抜けするくらいにあっけない。
きっと、凛の気持ちが永四郎に向き始めていた頃から、少しずつ終わりに向かう準備をしていたのだと思う。
だけど裕次郎はどうだろう。
諦め方を知らないのではなく、覚えたくないんだと、俺から見ても分かる。
それくらい真っ直ぐに生きるって、どんなだろう。
こんなにも真っ直ぐに想われるって、どんなだろう。
あぁ、凛はいいなぁ。
この頃は、そんな事ばかり考えている。