「そういう時は、スタンプが楽やっさ。」
「スタンプ?」
「右のとこにニコニコマークあるば?そこ押してみ?」
「ん。」
「小っちゃい絵みたいなんいっぱい出てきた?」
「うん。」
「こうやって送りたい絵をタッチして送信すると入力しなくてもメッセージが送れるんばーよ。」
「おお!」
「やってみ?」
あの日家に帰ってから、母親に頼み込んで携帯を買ってもらう約束を取り付けた。
普段はそうそう聞くことの無い俺のわがままに、少々面食らった様子で、
母は割とすぐにOKを出してくれた。
当初は裕次郎と一緒に携帯を選ぶ予定だったが、結局母と契約に行くことになり、
裕次郎に使っている機種を聞いておき、同じものを選んだ。
設定やら操作の説明は一通り裕次郎がやってくれるので、別段困ることはない。
こんなことを言っては裕次郎の気を悪くさせるかもしれないので本人には言わないが、
普段あまり裕次郎に何かを教わる機会も無いので、なんだか新鮮な気持ちになった。
それに加えて来慣れないこの部屋、隣に座る裕次郎。
少しずつ変化する距離感が、やけに照れ臭くて、嬉しかった。
「あ〜、目がチッカーチッカーすっさー。休憩しよ、休憩。」
「ははっ、わんなんか半日スマホ見てるど。」
「はーや、そんなにな?」
「普通やっさ、普通。」
「わんには無理だ。」
「ははは、だーるか。」
「だーるよ。」
「じゃあ、休憩にしようね、…なんか飲む?」
「ん、うん。あ、お茶があれば…、お茶。」
「はいよー、少々お待ちを〜。」
左手にオレンジジュース、右手にさんぴん茶のペットボトルを持って、
裕次郎が部屋に戻ってきた。
受け取って一口飲んでから、背もたれにしているベッドへ頭を預けて、
目元のコリをほぐすようにつまむ。
隣に座った裕次郎は、余程喉が渇いていたのか、
ぐびぐびと一気にジュースを飲んでいる。
「ひろし、さ、…。」
ペットボトルを簡易テーブルに置くと、
急に真面目なトーンで裕次郎が話し出した。
言いにくい事を言う時の様な前置きだ。
慌てて身体を起こして、裕次郎の方を向く。
前を向いている裕次郎とは視線が合わなかった。
「凛君のさ、どんなところが好きだった?」
「…え、なんで…。」
「知りたい、から。」
「……うーん…、なんというか、…凛とはずっと、一緒に居たから…、離れる時の事を考えるのが怖かった。
今思うと、恋心というよりは独占欲に近かったのかもしれない。」
「…。」
「凛に対して抱いてた気持ちは、今わんが裕次郎に感じてる気持ちとは明らかに種類が違う。
実際に離れてみて、案外平気で居る自分がいたし、多分そういう事なんだって思ってる。」
「そ、っか…じゃあ、わんは?どうして好きだって思ったば?」
「…嫌な事言っていいか?」
「…うん。」
「凛が、……永四郎と上手くいけばいいと思う様になっていることに気付いた。
…わっさん、裕次郎の気持ち知っててこんなこと考えてた。」
「…。」
「やしが同時に、裕次郎の想いも届いて欲しいと思う気持ちがあって…、
一番笑顔で居て欲しい人が裕次郎だって気付いた時、好きなんだな、と思った。」
「そっか。」
「うん。」
「…今は?」
「うん?」
「今はわんのことどう思ってる?」
「大切で…、自分でも怖いくらい裕次郎の事ばかり考えてる。」
「……それをまとめて言うと?」
「でーじ…、しちゅん。」
言い終るか言い終らないか、唇に柔らかい感触がした。
唇に初めて感じる感触だ。
オレンジの味がする。
俺は照れくさくなって、すぐにさんぴん茶を煽った。
横目でちらりと裕次郎の方を窺うと、
こちらをまっすぐに見つめる視線と目が合って、どきりとする。
そんなにまじまじと見られては、どうしていいか分からない。
対抗するように、その大きな瞳を見つめ返せば、
とろんとした両の目が細められ、なんとも嬉しそうな笑顔になった。
「…裕次郎、顔赤くないか?」
手の甲でその頬に触れ、体温を確認する。
ただ、触れたくなっただけ。
口実は何だって良い。
だけど本当に、日に焼けた肌が不自然なくらいに赤くなっていて。
後になって自分も、同じように赤くなっている可能性を考えて恥ずかしくなった。
手を引こうとすると、熱い両手に掴まれる。
裕次郎は、俺が初めて想いを伝えた時の様に、瞳をじわりと濡らしていた。
「わん、誰かにまっすぐ目を見て、好きって言われたの寛が初めてなんばーよ。
…何でかや、いつも体がビリッて熱くなって、涙がでそうになる。」
「…。」
「寛、わん、嬉しいんだ、寛に好きって言われるの、嬉しい。
わんも寛の事でーじしちゅんど、だからこんなに嬉しいんだね。」
そういって笑う裕次郎の瞳から、ポロリ、と大きなひと滴がこぼれた。
とたんにぎゅうー、と心臓が締め付けられたように苦しくなる。
たまらず裕次郎の身体を包み込むように抱きしめると、
腕の中で裕次郎が、へへっと照れくさそうに笑いながら、鼻をすすった。
身じろいで、裕次郎が俺の胡坐の上に跨って座る。
俺の胸元のボタンを外す手が、ほんの少し震えている。
はだけられた首元へ、控えめな舌が触れた。
ヒクン、と思わず体が震える。
柔らかな唇は上へと移動し、喉仏を食む様に小さく動く。
どこか深い場所から、潜んでいた欲がむくむくと湧き出てくるのを感じた。
「…っ、…裕次郎?」
「ん?」
「…なにしてる?」
「わからんば?」
「裕、次郎…、くすぐったい。」
「うん。」
「っ、…くすぐったい。」
「それはもう聞いたさ、他になにか無いば?」
「………ムラムラする。」
「…。」
「…。」
「ぷっ、はっはっは〜!寛の口からそんなセリフが出てくるなんてや〜!」
「なんで笑う。」
「寛の反応がいちいち面白いんばぁよ。」
急に大きな声を上げて笑いだした裕次郎は、
上半身をごろんと後ろへ倒し、顔の横に万歳の手を作って寝転がった。
今の今まで真剣な顔をしていたくせに、急に不真面目な顔を作って茶化すように笑っている。
何だそれは、と一瞬呆れた気持にはなってみたものの、
一度スイッチが入ればそう簡単には止まれない。
裕次郎の両の手首をを掴んで抑え込むように覆いかぶさると、
そのへらへら顔が一瞬のうちに強張って、真っ赤に染まった。
「知ってるあんに、わんは気が短い。」
「っ、…。」
「誘ったのはやーだ、嫌なら無理にでも止めろ。」
両の手首を押さえつけたまま、何かを言いかけたその唇を塞ぐ。
互いの距離が近すぎて表情は窺えないが、
抵抗するように一瞬、裕次郎の腕に力が入るのを感じた。
怖がらせたいわけじゃない、大人しく唇を離せば、
予想通り裕次郎は、目を赤くして、少し強張った表情をしている。
「ひ、寛…、わっさん、…わっさいびーん。」
「…。」
「ホントは、緊張で、急に怖くなってごまかした。」
「………。」
裕次郎は素直に白状して、真っ赤な目でこちらを見上げてくる。
なんだか、このままでは泣かせてしまいそうな気さえして、
仕方なく掴んでいた裕次郎の両手を解放し、隣に寝転がった。
互いに横向きに寝そべって、裕次郎の身体を包むように抱き寄せる。
背中をポンポンと一定のリズムで叩いていると、裕次郎の身体から徐々に力が抜けていくのを感じた。
ほっと胸をなでおろし、視線を簡易テーブルの上に移す。
なんとなく裕次郎の飲んでいたオレンジジュースのパッケージに視線が留まる。
まじまじと見ていると、小さな文字でアルコールの含有量の表記が記されているのが目に入った。
「あげっ!?…うり酒やっし!」
「……………知ってる。」
「はいっ?」
「だって緊張でどうにかなりそうだったんばぁよ。」
「…。」
「こんなんじゃ全然緊張ぶっ飛ばなかったやしが…。」
「そんなに、無理せんでも…。」
「わかってる、…やしがわんがしたかったっていうか‥。」
「…。」
「言いたい事も分かる、ヘタレのくせに襲う気満々かよーって、自分でもちょっと引いてるし。」
「…。」
「…。」
「ぷっ、はっはっは〜、やっぱり裕次郎は面白いな。」
「そんなに笑わんけーや、…もう消えたい。」
「裕次郎が可愛い事するからやっさ。」
「…む〜。」
裕次郎の柔らかな髪を撫でながら、
この人も、俺とそういう事がしたいと思ってくれていたんだなぁと、
そんなことを考えて、一人嬉しくなる。
少し無理をしてでも、行動を起こしてくれた、その気持ちを無駄にはしたくは無くて、
何よりも、俺自身が裕次郎に触れてみたい。
どう言えば、怖がらせずにこの気持ちを伝えられるだろう。
きっと裕次郎は、俺がどんな風に伝えても、分かってくれるはずだけれど。
「裕次郎…。」
「うん?」
「怖いって思う事はしないし、無理だと思ったら言ってくれればすぐにやめるから、
出来るところまでやってみないか。」
「え…。」
「これ以上は無理だって思うなら、…やめとくしが。」
「………無理じゃ、ないよ。」
「うん。」