『ねーねー、いっしょにチョコ作ろ?』
『どんなのにしようか?』
『このハートのやつかわいい!』
『本当だね、それにしよっか。』
もうすぐバレンタインだからといってやたらはしゃぎ出す妹たちを横目に、
昨日買ってきたばかりの科学雑誌を読んでいたのはついさっきまでの事。
最近の流行は“逆チョコ”だとか何とか言いながら無理やり妹たちが引っ張り出すものだから、
気が付けば俺はたくさんの恋する女の子に混じってチョコレート売り場を彷徨っていた。
バレンタイン・キッス
そもそも、その“逆チョコ”というものは通常の女性から男性へ送るチョコの逆、
つまり男性から女性へ送るチョコの事だという風に記憶している。
それならば自分にそれを送りたい相手などは居ない。
確かに自分には好意を寄せている相手が居るし、その事が妹達にバレている事も分かっている。
妹曰く俺から他人の使っているフレグランスの香りがしたことでそれが恋人だと思ったそうなのだけれど、
鎌をかけるつもりで問いかけたところ、うっかり俺が動揺した姿を見せた所為でそれが確信に変わってしまったようだ。
それならば妹達は相手がどんな人物なのかは知らないのかもしれない。
デパートと呼ぶには小さいけれど、それでも立派にいろいろなものが揃っているこの店の、
この時期だけ妙に賑わう一角の片隅で、俺はため息をつきつつ色とりどりにラッピングされたお菓子たちを眺める。
きっと、妹達は俺を荷物持ちの要員としてここへ連れてきただけであって他に深い意味も無いのだろうから、
そろそろ適当なものを選んで入り口にあるベンチにでも座って待っていようか、
そんなことを考えながらシンプルな包装に包まれたチョコレートの箱をひとつ手に取ろうとしたとき、突然その右手が払われた。
『にーにー、そんなのかわいくない!』
『そーだよ!手作りじゃなきゃ気持ちなんて伝わらないんだからね!』
「…。」
『いーからこっち!』
『そんなんだとすぐに彼女に捨てられちゃうよ!』
自分より年下の妹達に叱られつつ、またもや無理やり手作りチョコレートのコーナーへ連行された。
やはりいくら逆チョコの風習が定着しつつあるにしても、手作りのチョコレートを女性に送る者は少ないらしく、
先ほどのすでに出来上がって綺麗にラッピングされたチョコレートが並ぶ棚の前にちらほら見えた男性の姿は一切伺えない。
逆にそんな中に一人、おどおどしながら妹達に連れられてこんなところに居る俺は、
なんだか好奇の目にさらされているようで居心地が悪かった。
『にーに、どんなのにする?』
「えーと…。」
『私達はハート型のタルトにするの。』
『イチゴチョコのやつとね、ホワイトチョコのやつを作るんだ。』
「イチゴ?」
『うん、ピンクのかわいいチョコだよ。』
「へえ。」
『トリュフとかは?簡単に作れておいしいよ。』
「んー、それにするかや。作り方教えてくれるか?」
『うん、いいよ。教えてあげる。』
『私も!』
「にふぇー。」
『じゃあ私達タルトの生地にする材料取ってくる。』
『にーにーはここでチョコ選んでてね。』
「ん。」
結局妹達はどこか他の場所へ行ってしまって、俺だけぽつんと一人取り残された。
けれど見渡してみると今ここにいるのが自分だけだという事に気が付いたので、
さっそく身を屈めて真ん中の方の棚に並べてある色とりどりの板チョコの品定めを始めた。
「意外に色々あるな。」
ミルクにホワイト、抹茶、ストロベリー、バナナ。
さすがにホワイトチョコレートの存在くらいは知っていたけれど、
他のものが板チョコとして売られているというのは知らなかった。
俺はしばらくそれらをじーっと見定めて、結局イチゴとミルクの板チョコを2枚ずつカゴに入れた。
確かあいつは…凛はいちごカキ氷が好物だ。
だとすれば他のものもイチゴ味を選ぶのが妥当なはず。そう考えての事だった。
チョコレートを送る相手に凛を選んだ理由は単純で、それが俺が好意を寄せる相手だから。
ただ、男である彼にこうもあっさりとチョコレートを渡そうと決断している自分には甚だ疑問が生じるところだったりする。
…それにしても遅い。
妹達が材料を取りに行くと言って何処かへ行ってしまってからずいぶん経つのになかなか帰ってこない。
俺はとうとう痺れを切らしてふたりを探しに行く事にした。
確か…タルトの材料を見に行くと言っていたから小麦粉のあたりだろうか?
思い至って踏み出そうとしたとき、チョコレートの横に綺麗に小麦粉類が並べられているのを見つけてがっくりした。
つまりそれは自分の考えが見当違いだったということを示していて、
だとしたら一度だってお菓子作りなどしたことの無い自分には妹達が何を探しに何処へ行ってしまったのかも分からない。
そうしてうなだれていると、俺の足元に何かがぶつかる感覚があった。
「わ、わっさいびーん!」
自分が悪い訳ではないと思うけれど、突然のことに驚いて俺は反射的に謝ってしまう。
「や、こっちが見て無かっただけなんで…。」
そう言って相手がこちらを見上げたとき、あまりの驚きように思わずそこから飛び退いてしまった。
「凛っ!?」「寛!?」
「「…。」」
「なんでやーがここに?」
「いや…えーと…う、うっとぅたーが…その…。」
「あ、だよなぁー、なんだ…実は俺もよお、ねーねーが。」
「あ、そうなのか?ねーねーの買い物付き合ってやるなんて優しいな。」
「ま、まあな…。あにひゃー言う事聞かねーと何すっか分からんし。」
「…だーるな。」
「「…。」」
なんだか物凄く気まずい沈黙が流れる。
互いに深くは追求できない状況に、無言で材料を選ぶフリをしつつ横目でちらちらと様子を盗み見る、
なんてアホらしいことがしばらく続いた。
そんな時、なんだか両手にわさわさと抱えた妹達がうれしそうにこちらへやって来た。
当然彼女らにはこの場の空気を読むなんて事は出来ない。
『にーにー!おまたせ!チョコ決めた?』
『にーにーの分の牛乳も持ってきたよ。』
「ぁ…うん、……にふぇー…。」
「寛の分の…?」
『あ、凛にーにー!』
『はいたい。うん、逆チョコだよ。にーにーは彼女に作ってあげるの。』
「あっ……あの…。」
「…へぇ〜、ふ〜ん、寛にいなぐねぇ…水臭いなぁ、そんなもんが居るなら教えてくれればよかったのにぃ。
いちどぅしだって思ってたのは俺だけか、なんかアホくさっ。」
「い、いや、あらんばぁ、いなぐなんて居ねーらん。」
「いいやっし、誤魔化さなくて。言い訳とか聞きたくないし。」
「あ…、えと、凛?」
「俺はこれ買って帰るさぁ、知念君はゆっくり選んでいって下さいねぇ。」
「あ、…。」
「じゃ。」
「…凛。」
『行っちゃったね…。』
『凛にーにーなんかわじってた?』
「…はぁ。」
『にーにー大丈夫?』
『泣かないで、にーにー。男の子でしょ?』
「いや、泣きはしないやしが…結構グサッとくるな…。」