バレンタイン当日、とうとうこの日が来てしまった。
永四郎や裕次郎の下駄箱なんかは、探さなくてもそれが彼らの下駄箱だと分かる位にバレンタインの贈り物で溢れかえっている。
永四郎は常に朝一番の早さで登校しているはずだから、今このチョコレート達が下駄箱を埋め尽くしているという事は、
それが彼からの“プレゼントは受け取りませんよ”という意思表示なのだろう。
その中でも群を抜いて凛の下駄箱はパンパンになっている。
今年なんかはとうとう、先生が入りきらなくなったチョコレートを“平古場”と大きくペンで書かれたダンボールに移してくれている。
毎年この日には登校拒否をしかねないテンションでもって学校へやってくる凛だけど、
きっと外面がいい分一応チョコレートは全部受け取るんだろう。
比嘉中学校は女子の人数に比べて男子の割合が多い学校のはずだから、
このテニス部だけで全校の半分以上のチョコレートを独占しているんじゃないだろうか。
そんな中俺は、毎年パートナーである凛が男子生徒から妬まれそうなほどの大量のチョコを持ち歩いている横で、
その荷物持ちの手伝いなんかをしながら歩く。
今年もきっとそうなる事だろうと下駄箱を開けると、ひとつだけ綺麗にラッピングされた紙袋が入っていた。

「…誰だ?…間違えたのか。」

とりあえず紙袋を取り出して宛名を確認すると自分の名前が書いてあった。
差出人はこの前のあの子だ。告白を断ったのに、バレンタインにはちゃんとチョコをくれた。
正直な心境としては嬉しい。でも、その好意に答えられない身としては複雑な気分だ。

「おはよ、寛。」
「ん、あぁ、おはよう裕次郎。」
「あ、それ彼女から?見せて?…ん、やっぱりそうだ、あの子そんな感じの名前だったもん。」
「彼女じゃない。」
「えー?だって…ってうわぁ、今年も大変な事なってる…。俺の上履きどこー?」
「…その、ピンクのやつの下にあるのだと思う。」
「あ、あった。」
「うん。」
「うしっ、行こうぜ、教室。」
「あい?今年はチョコ受け取らないのか?」
「うん、だって永四郎が居るし。」
「あ、あぁ…。」





「…。」

放課後、皆が下校する頃になっても凛の下駄箱の前にはチョコレートが山積みになったダンボールが置いてあった。
きっと多すぎていちいち教室になど運んでいられないから、下校するまでそこに置かせてもらっているんだろうと思った。
けれど、下校する時になっても凛はそれを持って帰ろうとしない。
ただなんとなく気まずそうに俺の顔をちらりと見て、それからいつものように靴を履き替えて昇降口を出た。
俺はそんな凛の一連の動作をボーっと見て、置いて行かれそうになってからようやく慌てて靴を履き替えた。

「おい凛、いいのか?あれ。」
「どうせ誰かが片付けてくれるだろ。」
「…そうかなぁ。」

永四郎はあんな風に毎年チョコレートを受け取らないのが常だから、
放課後には諦めた女子が持参したチョコレートを持ち帰って下駄箱は空になるのだけれど、
凛の場合はいつも必ずすべてのチョコレートを持ち帰るために、
今日も自分の持って来たチョコレートを持ち帰る者は居らず未だに大量のチョコレートが置き去りにされている。
教員が片付けようにも、あの量じゃどうせ明日にでも凛が持って帰らせられるだろう。

「俺、今年は欲しいやつからしか貰わないってんの。」
「欲しいやつ?……好きな、人?」
「ん。」
「…そう、か。」

もちろん、俺の作ったチョコはあのダンボールの中には入っていない。
どうせこんな風になっているだろうことは予想できていたし、
だから他のものと混じらないように後で渡そうと思っていた。
なんだか他のものより目立たせようとずるい事を考えていたみたいに思われるかもしれないけれど、
でもこの思いは他の誰より大きい自信があったから、
下駄箱に詰め込むだけで終わりにしたくなかったし、凛には直接気持ちを受け取って欲しかった。
もちろん、凛の気持ちを聞いた今では、彼に特別な人が居ると知った今では、俺のチョコレートなんて渡せるはずは無い。

「寛は、良かったな。彼女に貰ったんだろ、それ。」
「いや、だから俺に彼女は…
『えーっ、平古場!お前下駄箱の前のもん全部置いていくつもりじゃないだろうな?
そんなことしたらワシが許さん。片付ける方の身にもなってみろ。』 」
「げ、晴美…そんなこと言ってもよー、そういうの女の方に言ってくれよ。
俺だって持って帰る方の身にもなって欲しいし。車でも無いとしんどいって、あれは。」
『ふむ、確かにな。…よし、お前らは駐車場にあれを運んどけ。ワシは職員室に車の鍵を取ってくる。』
「お!マジで?えー、たまにはいいとこあるなー、晴美!」
『いいからさっさと運んで置けよ。』
「おー。」
「結局こうなったな。」
「あー、まぁ田仁志ん家にでも置いてくればいいだろ?あいつは良く食うし、万が一食べきらなくても兄弟がいっぱいいる。」
「…徹底してるな。」
「まぁな、それが俺の愛の大きさだって事だ。」
「くくっ。」





「晴美ありがと。1個いる?」
『いるか!ワシはもう戻るからな。』
「んー、ばいばーい、気をつけてなー。」
「凛、俺も帰るな。」
「…うん、わかった。」
「じゃあ。」
「…うん。」

結局、渡せなかったチョコレートは家に帰って自分で食べる羽目になった。
それでも妹達は、俺の持ち帰ったたった1つの綺麗なラッピングに包まれたお菓子を見てとても嬉しそうにしていた。
“にーにーやったね”とか“にーにーやっぱり彼女いたんだね”とか。
自分のことでもないのにこんなに嬉しそうに出来る彼女達には感心するけれど、今の俺では一緒に喜ぶことすら出来ない。
ああ、最初からこうなる事は分かっていたんだって、そんな風に思うばっかりだ。
たとえチョコレートが渡せた位で、俺達の何が変わるって言うんだ。
そんなこと、もっと前から考えておくべきだった。

―♪―

『あ、電話!私出る!』
「お願い。」
『はい、もしもし知念です。…あ、うん、うん、ちょっと待っててね。お兄ちゃん、電話。』
「ん、誰?」
『もしもし、寛?』
「…凛か。」
『そうだけど、今から出て来れるか?俺達の家の間にある小さい公園に来て欲しいんだけど。』
「…あぁ、うん、分かった。いつ行けばいい。」
『あー、今。俺もう公園着いてるし。』
「そうか、分かった。すぐ行く。」
『ん、ありがと、待ってる。』

凛がこんな風に呼び出してくることは珍しいから、一瞬何かあったのかと考えて、すぐに答えが出た。
たぶん、慧君の家にチョコレートを運ぶのを手伝って欲しいだとか、そんな類の話だろう。
俺は制服のままで居たので、特に何を準備するでもなくそのまま家を出て公園に向かった。




「凛、おまたせ。」
「あぁ、全然待ってないし大丈夫。」
「…それで、どうかしたのか?」
「あぁ…うん、あの。」
「ん?」
「この前はごめん。」
「この前?」
「ほら、あの店で嫌味言って逃げただろ?」
「あぁ…。」
「この前と言わず、いつも寛には理不尽な思いをさせてて悪いと思ってるんだけど。」
「…。」
「でも、俺は寛のことになるとついムキになって、意地張って、見境無くなって…
本当はすごく大切に想ってるのに思ってもない事言うだけ言って逃げてしまったりして。
そんなんでも、俺を許してくれるなら…これ、受け取って欲しい。」
「これ…。」
「今年は好きなやつからしかチョコは貰わないって決めてたし、好きなやつにしかプレゼントは作ってない。」
「…え?」

「俺、寛が好きだ。」

「……………。」

一瞬、何を言われたのか分からないくらい頭の中がぼーっとした。

凛が俺を好き?

俺が凛の事を好きになる理由は一杯あっても、凛が俺を好きになるなんてありえないと想っていた。
だからこれは夢だって、そう思いながらポケットの中のピンセットで太ももをつねってみたら、涙が出るくらい痛かった。

「もしかして、夢じゃないのか…?」
「…寛?」
「それ、欲しい。」
「え?」
「だから、凛のこと、怒ってないから。」
「ああ、うん。」
「それに、俺も凛が好きだ。だから欲しい。」
「えっ、…え!?マジで?」
「ん。あの日も凛のためにチョコ買ってた。」
「…マジでか…余計にごめん。」
「別にいい…っあぁー!」
「っ…、な、何?」
「せっかく凛にチョコレート作ったのに…食べてしまった。」
「…え、マジ?」
「うん、凛が好きな人にしか貰わないって言うから自分で食べてしまった。」
「…。」
「そうだ、チョコはまだ残ってるし今からでも…。」
「いいよ、寛が食べたならまだ味は残ってるはずだろ?」
「え、…んっ!」
「……ん、いちご味。おいしかった、ありがとう寛。」
「…。」


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