シャクシャク、隣で涼しげな音がする。
シロップの多めにかかったピンクのかき氷を、凛は器用に食べ進めて行く。
俺も、焼きそばなんて後回しにして、一緒にかき氷を頼めばよかった。
ひとくち頂戴が言い出せない微妙な距離が、なんだかとてももどかしい。

「なぁ、そろそろ花火の時間だぞ。」
「あー、何処で見る?」

花火の一番良く見えるスポットは1時間以上前から場所が埋まってしまう。
会場になっている公園の、周りをぐるっと囲むように出来た石段も家族連れのシートで埋め尽くされて、
ふたりが並んで座れるスペースはほとんど残っていない。

「アレ、なんだっけ、あそこの何とか神社のさぁ、境内だったら多分人少ないし良く見えると思うんだけど。」
「行ってみる?」
「おう。」

10分弱歩いて、神社の前へたどり着く。
早速、鳥居をくぐって境内へ踏み入れようとした時、先客に気付いて足を止めた。
学生と思しき若いカップルが、こちらの気配にも気付かず熱烈ラブタイムだ。
凛と顔を見合わせて笑って、カップルがちゅーちゅーしだしたので退散。
いつの時代にも同じことを考える輩が居る。
というのも、俺にもあんな経験があるのだ。
それも、今隣でおかしそうに笑っているこの人と。
俺達があそこに居た頃には、どうか誰にも見られていないことを祈る。

「ひっひっひ、わっけぇなぁ…。」
「若いねぇ。」
「…俺達も昔したよな、ここで。お前覚えてる?」
「あったりまえじゃん、アレ俺のファーストキッスだったんだよ?」
「マジで?あっは、チョーウケる!」
「ウケるなよ、俺の大切な思い出がっ…!」
「ふは、大切なんだ?」
「うん、そりゃね、…一番青春してたからね、あの頃は。」
「そーだよなぁ、今思えば裕次郎と付き合ってた頃が一番楽しかったわ。」
「ホントに?」
「おー、…別れようって言い出したの俺の方だったじゃん?」
「うん。」
「実際別れてから、めちゃくちゃ後悔した…。」
「え、そうなの?」
「んー、なんつーか、ずっと引きずってたかんじ?なんで別れたいなんて言ったのかなぁって、いつも考えてた。」
「あぁー…、俺もそれ、もっと食い下がって引き止めればよかったなあって良く考えてた。」
「へぇ…。」
「やっぱ、俺が今までで一番好きになった人って、凛だと思う。だから、新しい彼女が出来ても、すぐに凛と比較しちゃうんだよね。」
「…。」
「ホントは一回、やっぱり別れたくないって言おうと思った時が俺にもあったんだよ?だけどほら、凛すぐに左汗の彼女作ってたから言い出せなくて。」
「わー…、なにそれ、なんかすげぇ悔しい。…しかもなに、左汗って。」
「左腕に汗かかせてくる彼女、略して左汗の彼女だよ。…俺今までその子の事ちょっと苦手だったんだけど、今は同情の気持ちでいっぱいです。」
「や、もう…、やめて、それ。」
「はっは、だってもうなんか、俺だったら泣くもん。」
「…ごめんなさい。」
「うっは!」
「なんかこうやって話してると俺ら、結構すれ違いしてたんだな。
…俺も最初、裕次郎と別れたのが辛くて、誰でも良いって感じでアイツと付き合った様な所があったし。」
「え、そうなの?…俺はてっきり、あの子と付き合いたくて俺と別れたんだと思ってた…。」
「いやいや、ナイナイ。」
「えー…、じゃあなんで俺と別れたいと思ったの?」
「うん、…まぁ、…姉ちゃんに俺ら付き合ってんのバレて、怖くなって逃げたっていうか…、そんな、カンジ。」
「…えっ!?バレてたの!?」
「あー…、うん、ごめん。」
「え、どうやって!?だって俺、付き合ってた時、凛の家なんて全然行かなかったよね?」
「まぁー…、そうなんだけどよぉー…、アレ撮っただろ?ちゅープリ的なやつ。」
「うん、撮ったことあったね。」
「それさぁ、バッテリーパックのとこにふたりで貼ったの覚えてるか?」
「あー…、うんー、…貼ったねぇ…、てか、えー…、それでかよぉ。」
「んー、あっこ開けられて、ソッコーばれた。」
「マジか…。」
「つーかなんか、バレたことが直接の原因っていうより、バレた時必死で言い訳してる自分がなんか情けなくてさぁ、
裕次郎の隣に居る資格ないなぁって…、それで別れることにした。」
「…。」
「だから別に、お前の事が嫌いになったとか、他に好きな奴が出来たとか、そういう理由では無かったわけ。」
「…そっかぁ、…なんかこうやって聞かされると、はがゆいっていうか、んー…、言葉では言い表せないけど、すごい複雑な気分になる。」
「だよなぁ、やっぱあれは、もったいなかったって今でも思う。」
「うん。」
「俺なんか、そのあと結局男と付き合ってんだから、同じ事だし。」
「……やっぱ、別れたくなかったなぁ。」
「俺も、別れたくは無かった。」

昔、聞きたくて、聞けなかった事。
知りたかった本当の話を聞くことが出来たけど、その分もどかしさは増した。
今じゃなく、あの頃に何も出来なかった事が悔しい。
あの頃に何か少しでも行動を起こしていれば、眠れずに過ごしたあの夜も、幸せな夢を見て明けていたのかもしれない。
だけどあの時、もう二度と本気で笑い合う事は出来ないと真剣に考えた凛と、今こうして肩を並べて歩いている。
それがあの頃の俺に対する、何よりの救いだと思う。

急にしみじみとし出した雰囲気の中、陰鬱な空気を吹き飛ばす、景気のいい音があたりに響き渡った。
心臓を打ち鳴らされる様な音と衝撃に、嫌でも気分が高揚する。
夜空一面を覆い尽くす火の華に、ウズウズする気持ちが止められない。

「わっ、スゲエッ!ちょーデカかった今の!!」
「ね、初っ端からめっちゃ派手。」
「あぁー!!なんか無駄に興奮してきた!海で見ようぜ!海で!」
「え、海!?待って、言っても海まで結構距離あるよ?着くまでに終わることない?」
「や、多分縮地で行けばギリギリ間に合う。」
「え、え、ちょ、待って!縮地なんて最近めっきり使ってませんよ!?」
「ダイジョ〜ブ、大丈夫、感覚なんてすぐに戻るさ。」
「マジで!?わぁっ!ちょっ!置いてかないでよ!」

初めて花火を見る子供の様に、目をキラキラさせて凛が走り出す。
急速に流れて行く景色の中、必死にその背中を追いかけて、目的地の海に着く直前、一際大きな爆発音を聞いた。
一足先に着いていた凛と空を見上げるけれど、最後の華が散り、今まさに夜闇に消えようとしているところだった。
はぁはぁと乱れた息を整えながら、砂浜へ座り込む。
隣で同じように呼吸を乱す凛と目が合って、なんだか無性におかしくなった。

「ひやぁ〜、見事にギリッギリ間に合いませんでしたねぇ…。」
「お前がもたもたしてるからだろ〜。」
「そんなん言われても…、昔ほど体力無いよぉ、俺。」
「ぴゃー、すぐ盛るくせに体力は無いってか?」
「ムムムッ…。」
「あはっ、何その顔、普通に可愛いんだけど。」
「ムムムムムッ…。」
「バッカ、息止めすぎだよ、顔真っ赤だぞ?」
「ぷはぁっ…、だって凛が…、どうせ図星ですけどね。」
「図星かよっ!」
「故に俺は、乗るよりも、乗られたい派です。」
「ひゃっひゃっ、いきなりぶっこんできやがった、コイツ!」
「へっへっへ、そんな事言いつつもぉ〜?実は〜?」
「や、乗りたくねぇよ!俺だって乗られたい派だわ。」
「あははははっ、マジか!何ぶっこみ返してきてんだしよ!」
「や、もうマジでおれ、生粋のバック派だから。」
「もういい、もういい、なんかこれ以上話してるとムラ村の住人がお祭り騒ぎだからね。」
「…裕次郎ぉ、俺ねぇえ、後ろからガンガン突かれるのが好きなのぉ。」
「あぁ〜ん、何それエロいぃー…、よし、あのホテル入りましょうね。」
「入るかよっ!ひゃっひゃっひゃっ。」
「あー、もうなんかヤバい、凛のケツがめっちゃエロい。」
「くっく、何言ってんの?オッサンかよ。」
「えーいっ!」
「あっ!ちょ、勝手にさわんなよ!!次から1タッチ500円徴収すっかんな!」
「500円って…、なんか微妙に安いし。」
「じゃあ5000円。」
「なら、あのホテル入るには何円出せばいいの?」
「だから行かねぇよっ!」
「あははっ!」

そんなくだらないやり取りをして、笑いあって、酒を一緒に飲めれば、もうそれ以上の事は無いと思う。
触れ合えなくても、抱き合えなくても、笑い合えるだけで満足。
そういう事にしておいて、きっと罰は当たらない。



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